幼少期からカチェリーナは内面世界と外面世界のズレを感じていた。腺病質な身体が、外界に触れ回って経験を積み重ねることを困難にさせたし、情緒が足りないカチェリーナを親がネグレクトしたので、このズレは彼女の存在に深く刻印され、決して治癒することのない不可逆的な障害となったのである。まったくかわいげがないので、天使のような並外れた美貌も嫉妬の対象になった。大富豪でありながらまともな教育を受けられないという悲劇が生じたのである。カチェリーナを疎略にしていた家族はラスベガスへ豪遊に繰り出した際に皆殺しにされたのだが、カチェリーナにとっては、うとましい家族が消え、なおかつ莫大な遺産が入ってきたから喜ぶしかなかった。意気揚々とベルサイユ宮殿を摸した城を建築したが、友達が一人もいないカチェリーナにとって、それは巨大なる虚無であった。何の目的もないので、ゴロゴロ過ごすだけであり、生命体として生きていても、人生はなかったのである。

だが、今朝のカチェリーナは希望を持って家を出て、学校へと向かった。学校に通うようになっても友達などひとりも出来なかったのだが、昨日はクラスメートのソーネチカと寝た。とても育ちのよさそうな医者の娘である。まだぎこちなくて噛み合わなかったのだが、こういうズレは癒えていくだろう。不治と思われた業病も癒える時があるのである。教室に入るといつもの席に座った。たいていはソーネチカが声を掛けてくるのだが、そういう様子がない。ソーネチカは視野が広いので見えてないはずはないのだが、カチェリーナに気づいてないふりをしていて、挨拶する気がないようだ。昨日ベッドで愛し合ったばかりだから恥ずかしいのかもしれない。ひとまず静観することにした。

やがて昼休みになったので、カチェリーナはソーネチカを学校の裏庭に誘った。裏庭とは言っても芝生は綺麗に刈り込まれており、花壇に咲く色とりどりの花が心をなごませてくれる。正午近い時間帯だと日陰の部分が多いが、ところどころ木漏れ日が差しており暖かい。
「今日もおまえと寝たいんだけど」
カチェリーナは単刀直入に持ちかけた。
少し間があった後、ソーネチカが口を開いた。
「わたしとカチェリーナ様って、フィーリングが合わないと思うんです」
「確かに昨日はぎこちなかったが、やりまくってりゃ、そのうち合うようになるだろ」
「こういうのって、デリケートなものですから、生理的に無理と思ったら駄目なんです」
「やってるうちにどうにかなるって」
「あなたはもっと人の気持ちを考えてから発言した方がいいと思いますよ」
いつも穏やかなソーネチカの顔は引きつっており、憎悪に満ちていた。
「わたしは世界最高の美少女と言われてるんだぞ。世界的な大富豪でもある」
「いい加減自分を特別な人間だと思うのはやめてください」
そうやって面罵されると、カチェリーナも怒りを覚えたが、言い返す言葉が見つからなかった。
「いつまでこの学校にいるつもりですか。友達がひとりもいないのによく登校してきますね」
そうやって蔑みの視線を投げると、ソーネチカは去っていった。

裏庭の片隅でカチェリーナは茫然と立ちつくしていた。その天使のような外観は変わらなかったが、中身は生木を裂くように惨殺されたのである。確かにフィーリングが合っていないという自覚はあった。だからソーネチカと寝た後、ある種のダメージを食らい、鬱になっていた。それでもいい女を抱けたことに変わりはないと思い直し、元気になって登校したわけである。それが、あのような露骨な嫌悪と面罵である。修復が不可能であるのは、鈍いカチェリーナにもわかった。二人が対極の人間であることはカチェリーナも承知していた。理屈っぽいカチェリーナと空気が読めるソーネチカでは、まったく別の人種なのだ。性質が違うからこそ、手を取り合って仲良くするということを考えていたのだが、そうはならなかったようだ。

放課後になって、生徒達は帰宅を始めたが、カチェリーナはまだ諦めきれなかった。
ソーネチカの家の方に走り、やがてソーネチカの後ろ姿を見つけた。
「なんで付けてくるんでしょうか」
視野の広いソーネチカらしく、後ろから付いてくるカチェリーナの影に気づいたようだ。
「いや、話し合おうと思って」
カチェリーナは弁解するように述べた。
試行錯誤しながら友達になっていくつもりだったのに、突然切られるのは困る。昨日ソーネチカと寝てみて身体には満足したものの、フィーリングが合わなかったので、こうなる予感もないではなかったが、カチェリーナとしてはいろいろ経験しながら、自分と他人がズレているのを修正していくつもりだったのだ。
ソーネチカは先を歩き出して、カチェリーナは茫然と見送ったが、やはり未練があり、二人の距離が離れてから後を追った。
そしてソーネチカの自宅に着くと、その前をうろうろしていた。
為す術もなく時間だけが経過した。
「お嬢さん、ストーカーが現れたという通報がありまして」
カチェリーナが気づくと、側に警官がおり、パトカーの姿もあった。
「いや、そんなものではない」
「ではその手にしているバールはなんですか」
警官に尋ねられて、カチェリーナは自分の右手にバールを握っていることに気づいた。確かにこのバールでソーネチカの顔面を叩き潰してやろうと思っていたのだ。怒りで我を失った時に手にしたらしい。
カチェリーナはパトカーに乗せられ、警察にご到着ということになった。
「わたしにふさわしい場所に来たようだな。人生を監獄で終える運命の人間がいるものだ」
そううそぶいてみたが、それなりに不安ではあった。
カチェリーナはこの暗転した人生にうなだれるしかなかった。とはいえ、カチェリーナは世界最高の美少女であり、この愛くるしい天使のような少女をストーカー扱いするのはナンセンスだった。またグルーシェンカの母親が身元引受人としてやって来たが、このあたりでは名望家として知られるので、まともな事情聴取もなく、ストーカーの件はうやむやになり、カチェリーナはすんなり釈放された。

家に帰ってから、カチェリーナはベッドに倒れ込み、グルーシェンカに事の顛末を説明した。
「なるほど。ソーネチカとカチェリーナ様は人間としてのタイプがまったく違うので、逆にそれがフィットすればと思ったのですが、性的関係を持ったことで、生理的嫌悪感が生まれたのでしょう」
「おまえはソーネチカとうまくやれたんだから、育ちがいい人間同士これからもよろしくやればいい。わたしは楽園から追放されているようだ」
「ソーネチカをうちに呼んで仲良くするというアイデアを考えていましたが、もちろん廃案です。わたしはソーネチカと絶交します。カチェリーナ様は家族同然ですから当然です。でも復讐を考えたりするのはやめてください。この問題で争う利益はないでしょう」
「しかしなぜこのようなことが起こったのか。わたしには青天の霹靂だった」
「ある程度想像はしてたんですが、かなり劇的でしたね」
「おまえは想像できていたというのか」
カチェリーナには皆目見当が付かなかった。鈍感なカチェリーナにはわからないことでも、想像力があるグルーシェンカにはわかるらしい。
「もちろんわたしはエスパーではありません。だから想像してるんですよ。この曖昧模糊とした世界にあたりを付けてるんです。本当に正解かどうかなんてわかりませんが、世界が本質的に隠蔽されているからこそ、想像力が必要なのです」
「結論を言って欲しいのだが」
「枕営業みたいなものですよ。カチェリーナ様と寝れば得をするとソーネチカは考えていたのです。でも寝てみたら情緒が欠陥しているゴミだとわかったので、嫌になったのでしょう。元から好きでもなんでもないんです」
「そうだったのか」
「正解かどうか知りませんよ。この世界は正解を教えてくれないので、想像力で模索するのが大事なのです」
「ストーカーで補導されたからわたしは退学だろうか」
「あり得ません。あの学校はカトリック系ですから、カトリックに巨額の寄付をしているカチェリーナ様に処分が下ることはない。そもそも冤罪でしょう」
「しかしわたしはバールを握って、あの女の家の前で待っていたのだ」
カチェリーナは立ちあがった。
そして薄ら笑った。
親からネグレクトされた人間が育ちのいい人間から受け入れられるはずがないのだ。この世界はカチェリーナにとって敵であり、その象徴がソーネチカだった。ソーネチカは名だたる名家の天才少女であるグルーシェンカに近づくのを目的としており、やむを得ず居候のカチェリーナと寝たのだ。しかしカチェリーナが天使クラスの美少女とはいえ、その育ちの悪さが鼻につき、とても相手に出来ないと感じたのである。カチェリーナにとって、ソーネチカの身体は忘れがたかった。性的に繋がった身体と引き離されるのだから、このような世界は破壊に値する。バールであの女の顔面を砕き、眼窩から飛び出た眼球が跳ね上がる様子を見れば、少しは気も晴れるだろうし、親の格差という深刻な問題が無視されている現状に一石を投じることが出来るだろう。







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