「もしかするとカチェリーナ様はストーカー殺人でもやらかすんですか」
カチェリーナの不穏な様子を見てグルーシェンカが尋ねた。
「ソーネチカに生き恥をかかされたのだから、叩き殺すしかないだろう」
カチェリーナが空気が読めないのは確かだとしても、あそこまで面罵されると屈辱である。これは復讐するしかなかった。
「なるほど。殺人者になるわけですね」
「育ちの悪い人間の末路なんてこんなものよ。わたしは育ちの悪い人間の代表として、ソーネチカの頭部をざくろにしてやる。これは革命なのだよ」
「わかりました。カチェリーナ様が決断されたなら止めても無駄でしょう。ワイドショーで報じられるのを待とうと思います」
「絶対に止めるなよ。本当にやるからな」
「止めません。実行すると宣言したのだから決行してください。途中で日和ったりせずに絶対に決行するだろうと確信しています」
それからグルーシェンカは部屋の外に出て飲み物を持ってきた。
「新聞に載る人殺しの発言なんて警察発表の丸写しなんです。あんなのは容疑者の本音ではなく、警察の作文です。せっかくですから、犯罪者の生の声を聞いておきたいです」
グルーシェンカはグラスを二つ並べてコニャックを注いだ。
「カチェリーナ様は明日この家から出て行って貰います。犯罪者の居候はまずいですから」
「なんでだよ。この上流階級の家に移り住んで、せっかくゴロゴロ生活から脱出したんだぞ」
「だってカチェリーナ様はストーカー殺人を絶対に決行するんですよね。ソーネチカをブスリとやるんですよね。その後は少年院とか刑務所に行くわけです。もううちでの生活は終わりでしょう」
「まあそれもそうだな」
「カチェリーナ様とはずいぶんたくさんお話をしました。その中で頻出した単語が15年間ゴロゴロ生活というものですが、わたしにはこれがよくわかりませんでした」
「普通の人は、夜に寝て朝に起きる。必要な時間だけ寝る。これではゴロゴロの快楽は得られないんだ。ゴロゴロとは、要は二度寝なんだよ。二度寝は楽しいんだぞ。これこそ布団の快楽なんだ。半分寝ながらうつらうつらして楽しむんだ。その半覚醒状態が素晴らしい。必要がない惰眠だからこそ、ゴロゴロを楽しめる。目覚まし時計が鳴ったら目を擦りながら起きて活動するなんて、ゴロゴロの楽しみを奪われているわけだ」
「15年間ゴロゴロしてきただけあって、言葉に重みがあります。これから猟奇的な殺人事件を起こして刑務所に入るということなので、カチェリーナ様とお話出来なくなるのがとても残念です」
「やっぱり事件とか起こすのやめようかな」
「いやいや、やると決めたわけでしょう。育ちの悪い人間の代表として革命的な事件を起こすんでしょう」
「ううむ」
カチェリーナはすでにソーネチカを殺すのが面倒になってきたが、このままだと無理矢理決行させられそうである。
「カチェリーナ様はこの家ではゴロゴロしてないようですが、なんででしょう」
「ゴロゴロを楽しむのは時間が掛かるんだよ。布団で暖まっているうちに眠りに落ちることが多いから、睡眠時間が余分になりすぎる。余分な惰眠を楽しむのがゴロゴロ生活の本懐とはいえ、この道楽は時間を浪費しすぎる。城にいた頃は時間の浪費も気にならず、お姫様のようなベッドで微睡むのを楽しんでいたわけだ。しかしこの上流階級の家に来たら、ゴロゴロで失われる時間が惜しくてゴロゴロ出来なくなった。ゴロゴロする時間で勉強とかしたい。睡眠時間出来るだけ削りたいと思ってる」
カチェリーナが変われたのは、グルーシェンカというロールモデルがいたからである。グルーシェンカはいかにも頭がよさそうな顔立ちをした天才少女であり、知性を体現する存在であった。そういう人間に感化されることで、カチェリーナも生活が改善されたのである。
「刑務所でもゴロゴロは出来ないでしょうから、ゴロゴロとは永遠に決別できたようで、いいじゃないですか」
「おまえわたしに殺人を決行させたいのか」
「だって絶対やるって約束したじゃないですか。この部屋だって、カチェリーナ様のためにリフォームしたのに無駄になりますね」
「そうだったな」
この広い部屋は複数の客を泊めるための部屋だったのだが、カチェリーナひとりが広々と使えるように改装したのだ。城の寝室とあまり変わらないくらいの豪華な部屋になっている。
「この素晴らしい部屋を捨ててまで、育ちの悪い子どものために決起して人殺しをやるわけですから、カチェリーナ様はすごいです」
グルーシェンカは楽しそうにコニャックを飲んでいる。カチェリーナは引っ込みがつかなくなったので、不安になっていた。グルーシェンカは悪魔的に人間を操作するので、このままだと本当に実行させられそうだ。
そうやって語り合ったり、つまみを口にしたり酒を流し込んでいると、玄関の方で音がした。誰かが来たようである。
「リザヴェータ姉さんだと思います。お別れの挨拶をするように連絡しておきましたから」
それから部屋にリザヴェータが入ってきた。
「カチェリーナ様、ストーカーで補導されたんですって」
「これからストーカー殺人をやるとカチェリーナ様が決断したので、お別れの酒盛りをしてるんです」
グルーシェンカがリザヴェータに事情を説明した。
「では刑務所に行ってしまうわけですわね。カチェリーナ様がうちの養女になってくれたらいいと思ってたんです。カチェリーナ様は友達がいないですが、グルーシェンカとは長時間話せるようですし、わたしもカチェリーナ様が大好きです。養女にならずとも三人姉妹のようなつもりでいたんですが、すでに決断されたのだから覆らないでしょうね」
「カチェリーナ様は頑固ですから、確実にストーカー殺人を決行します。最愛のリザヴェータ姉さんから溺愛されてるのに、ソーネチカとかつまらん女に惚れて人生狂わせるなんて情けないです」
それからリザヴェータがカチェリーナと一緒に風呂に入りたいと提案してきた。カチェリーナはリザヴェータの絵のモデルをやっているので、性的な結びつきは創作意欲に支障が出るといわれ、寝たりすることはなかったが、最後に風呂くらい一緒に入ろうということになった。
湯船の中でリザヴェータの身体に身を委ねていると、カチェリーナはこの生活を手放したくないと強く願ったが、絶対にストーカー殺人を決行すると誓ってしまったため、もはや撤回は出来ない。心から尊敬しているリザヴェータに抱きしめてもらえる快楽は何物にも代え難く、楽園そのものだった。このように偽りなき愛を注いでくれる人がいるのに、どうでもいい女のために人生を滅ぼそうとしている自分は馬鹿にしか思えず、出来るなら計画を撤回したいが、ここまでお別れの儀式が盛り上がるとなると、今さらやめるとは言えない。
「カチェリーナ様って、人間性が素晴らしいんです。そこが大好きでした」
「人間性がゴミだから、友達ひとりもいないんだけど」
「空気が読めてないからですよ。この世の中は言葉で説明して貰えないので、お互いに想像して理解してるんです」
「わたしの情緒は欠落してるのだろうか」
「でも人間性は尊敬してますよ」
この時間が永遠に続いたら、カチェリーナにとってどれだけ幸せかわからないが、いつまでも湯船に浸かっているわけにはいかない。二人は湯船から上がり、再びカチェリーナの部屋に戻った。
「お別れは済んだでしょうか」
キャビアを摘んでいたグルーシェンカが目を向けた。
「もうソーネチカとかどうでもいいんで、殺人計画は撤回したいのだが」
カチェリーナは恥を忍んでそう言った。
「どういうことでしょうか。ソーネチカに冷たくされたら殺すと息巻いて、リザヴェータ姉さんに優しくされたら乗り換える。これぞまさしくストーカーの思考法です。仮にリザヴェータ姉さんと不仲になったら猟銃でも持ち出すんでしょうね」
「なんとか許して貰えないだろうか」
カチェリーナは床に頭を擦りつけて土下座した。
「カチェリーナ様は病的な女好きですからね。どうせほとぼりが冷めたらコンパで女子大生漁りでもするんでしょう。女のためなら何でもする人間ですよ」
そう言われると、カチェリーナは反論できなかった。女を断つと宣言できればいいのだが、自分にはとても無理そうだった。
「まあいいじゃないですか。とりあえず今回は収まったようですし」
リザヴェータが助け船を出した。
「今後も女絡みのトラブルは絶えないでしょうがね」
グルーシェンカは悟りきったような表情でコニャックを飲んだ。







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