リザヴェータはカチェリーナを描くことをライフワークにしているが、カチェリーナと親しくなれたので、裸のカチェリーナをデッサンすることが出来るようになった。今までは本人をデッサンしてないので、写真だけを参考に描いていたカチェリーナの絵は公開してなかったが、これからは公開していくつもりである。
そして最初の作品が完成した。カチェリーナをモデルとした裸婦像であるが、あまりセンセーショナルな内容ではない。自宅のアトリエで、リザヴェータはカチェリーナに完成した作品を見せた。
「わたしの実物そのままで、かなり忠実に再現されているが、イメージが少年っぽいな」
カチェリーナは裸になって自分の裸体と絵を見比べていた。
「あまり猥褻にならないようにという配慮と、カチェリーナ様の美しさは少年っぽいところだと思うんです。そこを強調して描きました」
カチェリーナは女の子らしい共感性に欠けていて、現世に馴染めず、情緒も足りないところがあるが、知力はかなり高く、リザヴェータはそこに崇高さを見いだしていた。カチェリーナは生まれてから友達がひとりもいないような人間だが、それはカチェリーナが俗塵にまみれることが出来ないからだとリザヴェータは考えていた。
すでにリザヴェータは天才として誉れ高かったが、今回の作品は自信作である。ウクライナ最高の美少女と言われるカチェリーナの裸体を忠実に描きながらも、女の子らしくない少年の側面を出せたつもりである。
「少年愛は人間の根源的な願望だからな。人類で最高の美はコーカソイド系の少年にある。これはそのあたりの願望に訴えかける絵だ。普通の裸婦のように見えて、少年愛を賛美してるのだから、問題になりそうだ」
「なんで少年愛は問題になるのでしょうね」
「みんなで我慢してるからさ。この世の中、ひとりひとりが勝手に禁欲するということはないんだ。禁欲は共同的にやるものだ。本音では酒池肉林をやりたいわれわれが、お互いのモラルを監視してるんだよ。おまえはアンナ・カレーニナを読んだことあるだろうか」
「昔読んだことがあります。不倫のお話ですよね」
「アンナ・カレーニナは結構イライラさせられる作品だよ。アンナはカレーニンという20歳年上の夫と暮らしていた。この夫のカレーニンは政府高官であり、平凡な仕事人間なのだが、そのアンナの前にヴロンスキー公爵という魅力的な青年が現れる。アンナはこのヴロンスキーと不倫するわけだが、あくまでアンナは聡明な貴婦人として描かれる。ドストエフスキーならアンナを売女のように描くだろうが、トルストイはそれはしないんだ。貞操が乱れきった売女の話ではなくて、貴婦人が愛を貫く。このあたりが、どうもモラルの問題として釈然としない。そしてその違和感がゆえに名作なんだよ」
「アンナ・カレーニナは旦那さんが悪役ではないんですよね」
「映画のタイタニックだと、ヒロインの婚約者の男が露骨に人間のクズだろ。だからディカプリオ演じる青年がヒーローとして登場するわけだ。ハリウッドの観客が喜ぶ展開なんだよ。アンナ・カレーニナはそういう話と違って、平凡でさして問題のない夫をアンナが捨てて、ヴロンスキー青年の元に走るんだ。このイライラさせる手法がうまいんだ。われわれは世間一般のモラルをみんなで守って我慢して生きている。アンナはそれを守らないし、自分の立場もあまり理解しない。不倫で顰蹙を買っているのに、貴婦人として平気で社交界に出ようとしたりする。アンナがヴロンスキーと同居して子どもも出来たので、正式にカレーニンと離婚してヴロンスキーと結婚しようという案が当然出るのだが、アンナはこれにも難色を示すんだ。アンナはヴロンスキーとの間に出来た娘が可愛くないので可愛がってないのだが、夫との間の息子は溺愛している。この息子との縁を保ちたいから離婚しないと主張するんだ。離婚するなら、愛する息子を引き取りたいというのだよ」
「おそろしいほどわがままですね。そしてそれが作劇のテクニックなんですね」
「アンナは恋人のヴロンスキーも大好きだし、夫との間の息子も大好きで、この愛はかけがえのないものであると考えている。まともな神経があれば、息子のことは諦めて、ヴロンスキーとの間に出来た娘を愛そうとするものだが、アンナはそういう妥協をしない。すべて愛が基準だからだ。愛したい相手を愛する。愛のためにすべてを捧げる麗しく聡明な貴婦人だから、常識が通じない。アンナは自分の手元にいる実娘が可愛くないから、イギリス人の利発で素直な少女を養女にしたりするんだ。アンナにとって全てが愛なんだよ」
「そういう常識が通じない人をヒロインに立てることで、モラルの問題を提起してるんですね。アンナが夫の元に残した息子を諦め、ヴロンスキーとの間に出来た娘を溺愛するようだと、幸せに丸く収まってしまう。だから息子に思い焦がれる設定にして、アンナのキャラクターを立たせているんですわね。決して愛に妥協しない女性なのですね」
「わたしはドストエフスキーの堕落した登場人物が大好きだから、アンナ・カレーニナはあまり好きではないのだが、それでも名作には違いない。いかにわれわれが共同的にモラルを守っていて、それを乱されるのを嫌がるか、ということなんだ」
「最後にアンナは鉄道自殺をしてしまうんですよね」
「悲劇的な幕引きが必要だとトルストイは判断したのだろう。彼はアンナが自由奔放に胸を張って生きていく姿を描きたかったわけではないからね。だが、決してアンナは悪人として罰せられたわけではない。アンナは血にまみれた轢死体として人生の幕を閉じるが、世間との軋轢に潰されたのであって、あくまで聡明な誇り高い貴婦人として死ぬんだ」
「アンナ・カレーニナの結論は何なのでしょう」
「結論はないんだ。トルストイは意図的に結論を用意していない。聡明な麗しい貴婦人が不倫をして、最後は自殺するだけの話だよ。トルストイは問題を提起しているだけなので、われわれは結婚とか不倫とか、愛とか、社会的モラルとか、人生における妥協の問題を考えたりするわけだ」







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