最近リザヴェータは家の空気が変わったと感じていた。リザヴェータは17歳だが大学生なので、大学のある日は学生寮にいるのだが、大学が休みの日は実家にいる。今までであれば、リザヴェータが実家に戻ると、カチェリーナが姿を現すことが多かった。まるでリザヴェータの帰宅を待ちかまえていたかのように、廊下の向こうからカチェリーナがやってくるのである。一日中カチェリーナのことを考え、カチェリーナに心酔し、カチェリーナの絵ばかり描いているリザヴェータとしては、これがとても嬉しかったのである。しかし最近はカチェリーナが近寄ってこない。帰宅時に出迎えないだけでなく、リザヴェータの部屋にもやってこない。それではカチェリーナがどうしているかというと、妹のグルーシェンカの御機嫌取りをしているのだ。以前はこのふたりは仲睦まじいわけでもなく、お互いをリスペクトしつつも反発しているような関係だったのだが、このところは妙にベタベタしている。女の子らしい共感性に乏しく超然とした性格のカチェリーナが今ではグルーシェンカの顔色を窺い、色目を使っている。そういう光景を目にしていると、リザヴェータにはある疑念が生じてきた。グルーシェンカを部屋に呼んで問いただすことにした。
「カチェリーナ様と最近妙に親しいようですが、何かあったのですか」
「百合関係になったのです。毎日やりまくってます」
予想された答えだったが、リザヴェータはその先を聞くことにした。
「その百合とは、少女が裸で抱き合ったりするようなものでしょうか」
「絶頂に達するまでやります。美少女が快楽に身もだえし絶頂に達する姿はエロスの根源と言えるのではないでしょうか。カチェリーナ様が感じてる姿はすごい可愛いので、これこそが美の頂点だと思うのです」
「不潔ですね。まるで動物ですわ」
リザヴェータは頭が真っ白になったが、辛うじてつぶやいた。
「カチェリーナ様は情事の最中は淫らですが、終わればとても落ち着いてます。カチェリーナ様は知力が非常に高いので、知的な会話も楽しめます。ベッドで軽くお酒を嗜みながら語り合ったりするのです。そこらの上流階級のポンコツとの会話と違って、カチェリーナ様はある種の天才なのですごい啓発されます。これは素晴らしい文化的体験であり、なんら咎められるべきものではありません」
こういう自慢話はリザヴェータにとっては衝撃的だった。リザヴェータはカチェリーナへの愛を芸術に昇華させているのだ。カチェリーナを描いた絵はとても高い評価を受けたが、実際にカチェリーナと寝たグルーシェンカと比べると、芸術の価値が疑わしくなってくる。天使そのままのような美少女がいるとして、その少女と実際に寝る体験に比べたら、芸術など空疎な代理満足に過ぎない気もしてくる。触れることが出来ないものを描くのが芸術だと考えていたが、それに易々と触れている人間の前では敗北感を感じるしかない。
リザヴェータは価値観の崩壊に戦きながらソファーに座り込んだ。何よりも、最近カチェリーナがリザヴェータに会いに来ないのが最大の証明だった。カチェリーナとの間には精神的な愛情を築いていたつもりだが、カチェリーナ本人はグルーシェンカとの愛欲を選択したのだ。完全に見捨てられたという思いしかない。
グルーシェンカが部屋を出て行ったので、今度はカチェリーナを呼び出した。
現れたカチェリーナは半ズボンで素足だった。その細くて長い足はとても綺麗だったが、今までと違ってその透き通る白い肌は性的な肉感に満ちているように思えた。
「あなたは最近、グルーシェンカと寝ているそうですね」
「ああ、確かにやりまくってはいるけど、問題なのだろうか」
「破廉恥であり、許せません。カチェリーナ様にはあの巨大なお城もあるわけですから、この家から出て行ってください。自分の城でいくらでもやればいいでしょう」
「待ってくれ。この家は最高の環境なんだ。あの城なんか巨大なだけで廃墟も同然だ。クズ親からネグレクトされていたわたしが、せっかく最高の家庭環境に辿り着いたのに追い出されるなんて」
「この家では、破廉恥な行為は認めておりません」
リザヴェータはカチェリーナを家の外につまみ出した。
「わたしのことが嫌いになったというのか」
「カチェリーナ様なんか大嫌いです」
リザヴェータは扉を固く閉ざした。カチェリーナの泣き叫ぶ声を聞きながら、自分の部屋に戻っていくと、すべてが瓦解していくのを感じた。暗いアトリエで人を愛することの不毛性を反芻した後、少し気になって廊下に出て、使用人に状況を尋ねた。カチェリーナはグルーシェンカに保護され、城に向かったという。リザヴェータは少し安心して部屋に戻ったが、完全に袂が分かたれたのだと思った。
それにしても、こうやって決別して思い出されるのは、カチェリーナの愛おしさである。単に美しいだけなら諦めもつくが、共感性が低い子のわりには根が優しくて、知性も高い少女だった。誰とも馴れ合わない天使が自分だけに心を開いてくれたような気がして、とても特権的な歓びを感じていたのだが、それも灰燼に帰した。カチェリーナが愛欲に身を委ねたことで、すべてが崩壊してしまった。カチェリーナへの愛はリザヴェータの肉体と精神に深く根を張っており、これは業病である。この痼疾は癒えることはなく、むしろこれから絶望的な美への想いは肥大し、その質量がリザヴェータを押し潰していくだろう。この世界で天使のような少女に出会うのはとても不幸なことであり、生木を引き裂かれるような思いをするしかないのだ。







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