かつてヒトは腕力ではチンパンジーにまったく敵わなかった。チンパンジーの背丈は140センチ程度だが、抜群の運動神経に加えて、かなりの怪力である。そして動物の中ではかなり知恵がある。ヒトはチンパンジーの住処である森から放逐され、不毛の大地へと放り出されたのである。どんなに腕自慢のヒトでもチンパンジーには簡単に殺される。他の野生動物ならなおさら太刀打ちできないので、筋力のある者が負け組となり、知性ある者だけが生き残った。どのような動物にも負けず、そして動物たちを粉砕するための最高の武器は知性だったのだ。そして20世紀まで人類は知性を武器に疾走したのである。

しかし、あらゆる動物が脅威でなくなり歴史の終わりが見え始めると、そろそろ知性に対する疑問符が生じてきたようだ。知性という非人間的な能力より、人望がとても大事である。安倍晋三が首相として大歓迎されているのも、人望に他ならない。安倍政権のやっていることは、仮に他の内閣だったらとっくに倒れているようなものばかりである。それなのに、倒閣運動が起こるどころか、高い支持率を保っている。安倍晋三の人望ゆえなのである。他の内閣なら支持率が低迷して終わってるはずの政策を打ち出し続けても、人間的な信頼によって、支持が下がる気配がない。

安倍晋三はつんくに似ている。つんくの人当たりのいいキャラクターに反感を持つ人間はほとんどいないだろう。だからつんくはハロプロの作詞作曲を独占し、ハロプロを沈没させる愚策をやっても、人間的に好かれているので許されるのだ。今日の知性へのルサンチマン、そして人物本位のムーブメントの流れで、人望のある馬鹿が増殖しつつある。大衆は知性によって政策を判断する力がないので、人物本位で判断する。かつて人々は万国博覧会を希望に満ちた眼差しで見ていた。しかし今日では万博など誰も関心を持たない。科学の未来は期待されていない。もう地球のすべては支配したし、ネッシーがいないこともわかった。人工衛星から何でも俯瞰できる時代だ。人類にとって、もはや探索するべき場所など無く、ミステリアスなまま残された空間はないのだ。あとは「人間性」だけである。人類の半数は知能指数100未満だから、人間性重視への受けはいい。人間性、もしくは人望があるというのは、落ち着きがあり視野が広く気が回るということであり、その落伍者に発達障害というレッテルも必要になったから、アスペルガーという言葉を知らない人間が誰一人いない世の中になった。

知力には疑問符を持たれる連中が、人望で人々を惹き付けている。本来なら有象無象のゴミとして片づけられる知性の持ち主が、人望だけでやっていけるのだ。ソーシャルスキルの時代ということなのだろうが、それですべてを判断し、日本を根底から破壊する安倍晋三の政策が次々と議会を通過して、それでも支持率が下がらない現状は、近代的な目標が達成され、多くの人間が漫然とワープアに甘んじても暴動すら起きない時代の象徴であり、文明が滅びていく流れなのだ。







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