有村悠さんのアフィを踏んでから、以下の書籍を購入しました。

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本を読む時には集中して当然だと思われている。出来るだけ精神を統一して書物に向かうべきだと思われている。これで失敗したのが有村悠さんである。有村さんは15年間ゴロゴロしていることで有名だが、これは集中力がピークに到達するのを待っているのである。ごく稀に集中力が高まりその時は活動しているのだが、それ以外の時間帯は休養のためゴロゴロしているから、15年間ずっと寝ていると誤解されるのだ。

有村さんは集中した時しか活動しない。有村さんに集中力という神が舞い降りた時だけ活動する。その天啓が訪れるまで、ゴロゴロしているのだ。有村さんは東大文学部に7年間在籍しながら、読んだ本と言えば太宰治の人間失格だけであった。これは有村さんの集中力に対する考えの問題である。集中力が絶頂に達した時だけ読書をすると決め込んでいたから、ごくまれにしか書物が読めず、7年に1冊というペースになってしまったのだ。

本を読む時に集中なんぞするな、と言えば反論があるだろう。だが、あなたはそんなに膨大な集中力があるのだろうか。集中力とは極めて限られたリソースであり、そして集中すれば疲労困憊する。「やる気」が訪れず、何週間もダラダラと先延ばしにすることだってあるのだ。集中力が絶頂に達してこそ出来る作業もあるだろうし、それに関しては集中せざるを得ないが、少なくとも読書に集中力なんて必要ない。本を読む時は必ず集中するべきだと言っている人間は、極めて限られた時間しか読書をしてないはずである。

有村さんは集中力がピークに到達するまで、ツイッターや艦これで休んでいる。書物を読むためにエネルギーを充填しているのであり、その集中力の絶頂が訪れるのを待っているのだ。だが、そうやって集中力の絶頂を待っている間に本を読んだ方がいいだろう。読書なんてツイッターや艦これとたいして労力が変わらない。読書なんて艦これやりながら、片手間にやればいい。読書と艦これは同時に出来る。

有村さんは、集中力が絶頂に達していなければ読書の際の理解力が落ちる主張し、集中力が絶頂に到達した時以外は決して本を読まないのだが、これは誤解と言わざるを得ない。人間が集中力をピークに持って行けるのは極めて短時間であり、そんなものをあてにするべきではない。集中力が頂点に達したら、ようやく本のページを開くというのでは、ろくに読めなくても仕方がないのである。集中しようが集中しまいが、読解力なんてたいして変わらない。集中が絶頂に達した方が多少は理解力が高いにしても、その境地に到達するまで15年間ゴロゴロしながら待つというのは愚かである。

神が舞い降りた時しか創作をしない芸術家がおり、いわゆる寡作家になるのだが、レオナルド・ダ・ヴィンチなどはそうだっただろう。集中力が絶頂に達するまでは決して書物のページは開かないと主張している人間は、読書という行為を、ダ・ヴィンチがモナリザや最後の晩餐を描いたのと同じくらいに崇高な作業だと思い込んでいるだけなのだ。これほどの誤解はあるまい。

基本的にこの世界は時間を争っているのである。企業は出来るだけ短い時間で製品を生産することを競っている。労働者には定額の時間給を支払うのだから、生産が効率化されれば、それだけ価格が安くなり、たくさん売れる。やたらと時間を掛けてじっくり作り、同業者より10倍の価格で売り出してもいいのだが、そんなもの誰も買わないし、倒産するだけである。

同時発見の法則というのがあるが、発明とは、その時代の技術的環境から、ある程度必然的に行われるものだ。縄文時代に鉄道とか構想しても、鉄道を成り立たせる科学的成熟度がないので無意味だ。鉄道が発明されるからには、鉄道に必要な条件が揃ったから発明されるのである。科学の分野で天才と呼ばれている人の多くは、時間的に先んじているだけなのである。その天才がいなくても、遅かれ早かれ別の天才が発見するのである。アインシュタインの相対性理論くらいになると、いずれ誰かが発見するのは時間の問題だったというわけでもないが、たいていの発明・発見はタッチの差なのである。

たとえば現在だと、スマホのバッテリーがすぐになくなってしまう問題がある。これが長時間持つように実用化出来れば、かなり大きな解決だが、これも時間的な競争の問題である。他社に先んじて解決したところが、非常に大きな利益を得るのである。有村悠さんがこれから地下の研究所に籠もり、500年掛けて、今より優れたバッテリーを発明してもいいが、500年後に地表に出てきた時には、その斬新な発明はすごい時代遅れになっている。そもそもスマホなんて存在しないかもしれない。競争は時間的競争なので、素早く作らなければ意味がない。500年間ゴロゴロして、集中力が絶頂に達した時だけ作業をし、新しいバッテリーを発明しても、他人との競争に負けているので意味がない。

読書の集中力の問題にしても、あなたが集中の達人であり、日常的にいくらでも集中など出来るというのなら、その溢れる集中力でたくさん本を読めばいいと思う。だが、集中力が絶頂に到達するまで書物のページを開かないという有村さんは愚かである。ダ・ヴィンチが最後の晩餐を描くために集中力を溜めるならいいが、七年掛けて人間失格を読むというのでは、あまりにも時間的効率が悪い。もちろん時間でチマチマ競争するだけが人生ではあるまいし、五年後に有村さんに集中力の絶頂が訪れ、鹿島田のマクドナルドに籠もりながら、ダ・ヴィンチの最後の晩餐に匹敵するような作品を仕上げることだってあるかもしれないが、少なくとも人間失格くらいは、艦これをやりながら読めば充分であり、集中力が絶頂に到達した時だけ読める本というわけではないだろう。







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