有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。

自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体 (SB新書)
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ヒッグス粒子の謎 (祥伝社新書)
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旅行者の朝食 (文春文庫)
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販売: 株式会社 文藝春秋
¥ 184

ひとりの午後に
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販売: Amazon Services International, Inc.
¥ 399



AO入試には賛否両論あるわけだが、今は大学全入時代である。半数が大学に進学する御時世だが、少子化なので、誰でも大学に入れる。ガリ勉でなければ大学入学を認めない、というのではない。どこの大学でも構わなければ誰でも入れるので、まったく門戸は閉ざしていない。というより、受験戦争の頃でも、低偏差値大学なら簡単に入ることは出来た。

AO入試に関しては、「低偏差値の大学なら誰でも入れるのに、なぜ高偏差値の大学を目指すのか」という問題が問われる。一般入試だと合格しないからAO入試を受けるわけだが、学力が低いのに偏差値の高い大学に入ってどうなるのか。これが学習塾だと、何が何でも難しいクラスがいいと主張して、低学力が偏差値の高いクラスに入りたがることはない。

なぜ身の丈以上の偏差値を望むのかと言えば、学校の偏差値がその人間の知力の指標となっており、知能検査の代わりに使われている社会背景がある。知能検査というのも何とも言えず、何度も何度もやるとコツが掴めてしまうので、(テスト結果の)知能指数が上がってしまう問題がある。だから知能検査を重視するわけにもいかない。最近では大学入学者の半数以上が、推薦もしくはAOなので、知力の偽装が当たり前になってきた。学習塾で低偏差値クラスなのに、大学は高偏差値という人物が普通にいるわけだ。

この背景には、ADHDに学問をやらせても無意味という問題がある。ADHDはポンコツ過ぎるので、こいつらよりはソーシャルスキルが高い人間に学ばせた方がマシだと思われている。発達障害と知力は無関係なので、明らかにポンコツのADHDがペーパーテストでは高得点というのが普通にある。ADHDは物事に取り組む意欲が低く、周りが全然見えてないが、目の前にある答案は解ける。このようなゴミを排除した方がいい、という問題が起こってくる。ADHDは短期的には集中力を発揮することがあり、追い込まれれば一夜漬けでなんとかしてしまう力がある。

今日の医学においてアスペルガーが治療不能であるのに対して、ADHDは投薬で改善する場合がある。だがADHDに使われる薬はどうしても覚醒剤と似たような成分になる。見沢知廉という右翼の作家がいたが、彼はリタリン中毒で飛び降り自殺した。見沢知廉は中学受験で早稲田中学に入っているので馬鹿ではないのだが、素行に問題があり、早稲田高校を中退した。その後は思想団体の内ゲバ殺人で服役。出てきてから人気作家になりつつあったが、せっかく仕事があったのに講演会の無断欠席を繰り返すなどして誰からも相手にされなくなり自殺した。見沢知廉は元々素行に難があるので、リタリン中毒だけが原因とは言えないが、こういう人物が多いので、今日ではナルコレプシーを除いては処方されず、抜け道もない。18歳までにADHDの診断を受ければコンサータという薬が処方可能であるが、そう簡単に出るわけではない。

有村悠さんは「絶対にADHDではない」と頑張っているが、たぶんADHDがかっこ悪いと思っているだけで、内心は認めていると思われる。自身の挫折を天才的な狂気の結果だと思い込みたいから、「単なる馬鹿」という真相は恥ずかしいのだ。ADHDは知力に影響が無いので、ボンクラな有村さんでも東京大学に現役合格出来たのである。コツコツと勉強したわけではなく、高校三年生の時に死ぬほど勉強して合格したらしく、一夜漬けが得意なADHDの特徴が出ている。ADHDはあれこれ夢中になり、すぐに飽きるから、中途半端なオタクにしかならない。健常者のように満遍なく頑張ることが出来ず、アスペのような視野の狭さで執拗に探究することもない。

ADHDには長所がひとつもない。単純労働も出来ない。むしろ単純労働は、知力が今イチで注意力がしっかりしている人間に向いている。コンビニの店員に知能はいらないが、注意力は必要である。ぼんやりしていたら勤まらない。注意を働かせ店内を目配りし、細かい作業をてきぱきとやらなくてはならない。有村悠さんは東大生なのにバイトの面接で落とされ続けた。注意欠陥障害を見抜かれていたからである。「東大生のくせしてこんなことも出来ないのか」と言われ続けたようだが、注意欠陥障害なのだから当然である。部屋が絶望的なゴミ屋敷になっているのは、周辺世界を目配りして把握する力がないからだ。

本来はADHDを大学から排除するべきなのだ。しかし、ADHDを理由に入学を拒否するとなると人権問題になる。だから、有村悠さんが東大を受験に来たら合格させるしかないのだ。合格してもゴロゴロして無気力な学生生活を送るのは間違いないのだが、ADHDを理由に不合格にするのは人権感覚にそぐわない。東大合格できる知力があってもADHDだと無意味というのは、有村さんを見れば明らかだが、これは人権コストとして負担するしかないのだ。ADHD(周りが見えてないポンコツ)を不合格に出来ないからと言って、その対極のソーシャルスキルの高い人間(周りが見えている目ざといタイプ)をAOで入れるのは間違った対策だと思われる。







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