かつて自閉症は母原病と呼ばれた。今日では誤りだとされているが、なぜ誤解が発生したかというと、母親が自閉症を可愛がらないという現実があったからである。母親は子どもを愛するべきだと思われていたから、自閉症は冷たい母親の育て方に原因があると疑われたのである。今日ならそういう母子を見れば、母親が自閉の子どもをネグレクトしてると考えるが、昔は母親のネグレクトが原因で自閉になったと考えられた。母親が子どもを可愛がらないというのは普通であり、たとえばトルストイの「アンナ・カレーニナ」がそうである。ヒロインであるアンナの夫のカレーニンは政府高官である。このカレーニンに大きな問題があるわけでもなかったが、アンナはこの年の離れたつまらない夫が好きではなかった。そしてヴロンスキー公爵という青年と出会い情熱的な恋に落ちる。不倫の末、ヴロンスキー公爵との間の子どもを身ごもり、アンナはヴロンスキーと一緒に暮らすようになる。だが、アンナはヴロンスキーとの間に生まれた娘がかわいくないので可愛がらない。なぜ可愛くないのかという理由は作中であまり説明されてないが、可愛くないから可愛くないというのだ。アンナはカレーニンとの間の息子は溺愛しており、息子との縁を切りたくないので、正式な離婚さえ渋り、これで立場を悪化させる。会えない息子への激しい愛情と、一緒に暮らすかわいくない娘を放置する冷淡さが二面性として描かれる。トルストイは「アンナ・カレーニナ」に悲劇的な結末を設けるために娘がかわいくないということにしたわけだ。アンナとヴロンスキー公爵と娘の三人で幸福に暮らすと話にならないので、アンナが息子への執着を断念せず、どんどん問題がこじれるプロットにしたわけである。アンナは身寄りのない少女を養女にもらい、その子は可愛いので可愛がるのだが、それで問題が解決されるわけではなかった。不倫のスキャンダルで白眼視されていたアンナは、その不倫相手と幸福な家庭を築くことも出来ず、最後は鉄道自殺で轢死体となり、話は幕を閉じる。自閉がかわいくないのは、まさに自閉であり、自分のこだわりで閉じているからである。共感性が極めて低い。共感性が高い人間は、他人と合わせて楽しい空気を作る。共感性の高い人間は裏表の激しさを持つこともあり、ロンブー淳がサイコパスと言われるのは、そういう理由だ。だが裏表があるとは言っても、淳のようなドス黒い裏面とは限らず、常識的に使い分けているのが大半だ。女が自閉性を嫌悪するのは、その裏表の無さが気味悪いからなのである。アンガールズ田中のようなタイプは、馬鹿正直すぎて、逆に得体の知れ無さがある。若い女から見ると、鈍感な男性は接触が悪い機械のようなものであり、暗愚にしか見えない。自閉の度が強いと他者と関心を共有しないから、宇宙人にしか見えない。保守的なおばさんは鈍感男性を好む向きもあるが、自由な若い女は確実に嫌う。女が選挙権を得たのは最近100年くらいのことだが、そうなってから「自閉症」とか「発達障害」が発見されるようになった。女に嫌われるタイプとして浮かび上がってきたのだ。今日の自由恋愛社会では、女を口説いて股を開かせることが重んじられる。この能力が高すぎると保守的な一夫一婦制に亀裂が入るため、かつては自閉的な男性が肯定的に評価された部分もあるが、もはやそういう時代ではない。「アンナ・カレーニナ」のアンナのように自由を謳歌する女性がデフォの世の中になった。股を開きたい相手に股を開き、可愛くないこどもは可愛がらない。







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