なぜ社会の全員が金持ちになれないのか。
これは所得というのが、自転車操業的に存在しているからである。
ある人が一万円払って本を買うとする。
この場合、一万円が消え去るわけではない。
この一万円は、出版社とか書店とか著者の所得になるわけだ。
一万円札は消費で消滅するのではなく、移動しているだけである。

たとえば医者になると自動的に一万円札が湧いてくるわけではない。
患者の支出が医者の所得になる。
患者の一万円札は消えるわけではなく、医者に移動するわけである。
誰かの支出が誰かの所得になるのだ。

この仕組みからして、たいていの人に余裕が発生しないのは当然なのだ。
余分に金を持っている方が特殊である。
収入があってもすぐに支出になり飛んでいくという自転車操業の世界に人間はいる。
この中で「金持ち」として蓄財するのはなかなか難しい。
どれだけ経済が豊かになっても、自転車操業的な本質は変わらない。
相対的な貧困はいつまでも続く。
いまから百年後の人間は、貧困層でも今より優雅な暮らしのはずだが、その時代の中では底辺の生活をするのだ。
相対的な貧困層は決して消えない。

世の中に一万円札が何枚あるかは、あまり重要ではない。
お金は右から左へ飛んでいくので、どれだけ通過したかが問題なのだ。
それが活発であるほど景気がよい。
左に飛んでいかないで欲しいと思うのが人情だが、次々と飛んでいき、別の誰かの所得になることが必要なのである。







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