カチェリーナは真性引き篭もりの影響力を軽く考えていた。ネットでは偉そうにしているが、中身はナスターシャという身長148センチの冴えない少女だ。カチェリーナはナスターシャを城に住まわせているが、アスペルガー症候群を理由に実親から虐待されているらしいので、気の毒に思っただけである。社会で爪弾きにされている鼻つまみ者を保護しただけであり、これが桁外れの影響力を持っているとは思いもしなかった。真性引き篭もりが火を焚くだけで、ネットの隅々まで災禍をもたらし、人間の名誉や尊厳など跡形もなくなるのだ。

真性引き篭もりのターゲットになったグルーシェンカはかなり酷いことになっているようだった。ネット空間でグルーシェンカは惨殺され挽肉にされていた。少し前までは、類い希なソーシャルスキルで栄華を極めており、15歳ですでにスタンフォード大学を卒業しているのは才媛の証に他ならないと思われ、誰からもリスペクトされていた。しかし、呑み込みの速さが超人的なだけで全然知能は高くないと真性引き篭もりで立証されたので、グルーシェンカのカリスマ性は完全に崩壊したのだ。幼少期から天才と謳われた人間はいずれ人々を失望させる結末を迎えるが、グルーシェンカにとって、それはあまりにも早すぎた。

カチェリーナは自分の城を離れ、グルーシェンカの家に戻っていたが、ひとまず黙って静観していた。大衆は関心を共有する生き物であり、現在のホットな話題に殺到するが、別の新しい事件でも起きれば、そっちに移動する。嵐が過ぎ去れば、空が青く澄み渡ることもある。だがその一方、ほとぼりが冷めれば解決する問題でもあるまいと危惧していた。真性引き篭もりは人間の弱点を徹底して抉り、再起不能にしてしまう。今回の問題が忘れ去られても、華やかな舞台からグルーシェンカが退場することに変わりはないのだ。

そんなことを考えつつ、カチェリーナが読書をしていると、グルーシェンカがやってきた。
「わたしの人生は終わりました。自殺することにしました」
「残されたわたしはどうなる」
「リザヴェータ姉さんがいるじゃないですか。あの人は本物の天才画家です。わたしのようなニセモノと違います」
「リザヴェータは素晴らしい人格者であり、わたしも心から尊敬しているが、二歳年上だから、友達というよりはお姉さんだ。同年代の友達はグルーシェンカしかいない」
「でもわたしは死んだんです。決断を尊重してください」
そう言うグルーシェンカには死相が現れていた。実質的に死んだ人間が、最後の後始末をするために機械的に動いているのだ。その死体のようなグルーシェンカを見ていると、カチェリーナは何も言えなかった。グルーシェンカはFacebookで友達がひとりもいなくなったらしい。成功者だけで群れているから、失脚した段階で石を投げられる場なのである。もはやグルーシェンカの魂は地の底で踏みにじられ、あとは肉体が荼毘に付されるのを待っていた。
「そうか。あまりにも早すぎる別れだった」
これからカチェリーナはたったひとりの世界に戻っていくのだ。自閉傾向があるため、学校で友達が一人も出来ないから、グルーシェンカがいなくなったことで、孤独の深淵に帰るのである。

カチェリーナはひとりの部屋で、世界の変貌を経験した。グルーシェンカがいなくなったので、世界は変わってしまったのだ。もはやここは最高の家庭環境ではない。劣悪な家庭環境に生まれ15年間ゴロゴロしていたカチェリーナだが、最近は偏頭痛を言い訳にせずに頑張っていた。しかしグルーシェンカが死んだことで、もはや偏頭痛に耐える理由がなくなった。読みさしの本は机の上に放置されていた。もはやそれを手にすることはないだろう。かつてのように疼痛が脊髄から視神経まで貫き、人生の耐え難さを間断なく教えるのだった。

カチェリーナはそれに耐えきれず、グルーシェンカの部屋に向かった。一緒に死のうと思ったのだ。ベッドに横たわるグルーシェンカには生命の欠片もなく、この現世でのあらゆる拠り所を失った肉体だった。Facebookで友達がひとりもいなくなったことが、それだけのダメージだったのである。カチェリーナは今は亡きグルーシェンカの身体に寄り添った。グルーシェンカの服を脱がし、その青白い肉塊を見た。あれだけ行動力があり、溢れるばかりの生命を持っていたグルーシェンカだが、真性引き篭もりに弱点を暴かれ、Facebookの友達が全員いなくなっただけで、こうなってしまった。カチェリーナも全裸になり、悼むようにグルーシェンカの身体に寄り添い、舌を這わせた。生涯でたったひとりだけ出来た友達の死を弔ったのである。しかしこうやって肌を合わせているうちに不思議な現象が起こった。もはや生命体とは思えなかったグルーシェンカの素肌が血色を取り戻しはじめた。無力に横たわっていたグルーシェンカの四肢が動きを取り戻し、カチェリーナに絡みついた。枯れていた薔薇に息吹が戻ったのである。カチェリーナもそれに答え、激しい生命の営みを行ったのである。

情事が終わって一息ついてから、グルーシェンカは自らが生きているのを不思議に思った。決して死に損なったわけではあるまい。自殺したわけではなかった。行動力で生きていたグルーシェンカは、この世界の網の目からこぼれ落ちたのであり、その孤独による自然死だった。
「すっかりよくなったみたいだな」
カチェリーナがグルーシェンカに寄り添い、頭を擦りつけてきた。
「真性引き篭もりに急所を突かれ、Facebookで友達がいなくなりました。本当に死んだんです。でも世界最高の美少女とのセックスはどんなに深い絶望も癒すみたいです」
「だったらよかったじゃないか」
「ああ、でも葛藤はあるのです。カチェリーナ様のような天使レベルの美少女を抱けるのに、わたし自身はそれに相応しくない凡人に失墜したのです」
こうやって暖かいベッドの中でカチェリーナに抱かれているのは、天国でもそうあり得ない僥倖だと思えたが、すっかり失墜した自分が慈悲にすがっている状態を恥じたのである。
「おまえには天才的なソーシャルスキルがあるじゃないか」
「今回の件で全て失いました」
「もう一度人間関係を作り直せばいい」
「あの空虚な人間関係を作り直すのですか。真性引き篭もりに煽られたらすぐに縁を切る連中ですよ」
「最初からそんなことはわかっていただろう。誰よりも世の中が見えているおまえが気づかなかったはずがあるまい」
「人間は確率が低いことを捨象しながら生きてるのです。車を運転する時、死亡事故を起こす心配はしない。しかし本当に交通事故を起こしたら、その後は別の話です」
「だから人間不信に陥ったわけか」
「一回しかない人生で致命的な失敗をしたのです」
「それほど致命的ではあるまい。Facebookで立場がなくなっただけだろ」
カチェリーナはグラスを取りだしてコニャックを注いだ。グルーシェンカもお相伴にあずかることにした。
「真性引き篭もりは相手が自殺するまで攻撃を続けます。今後もわたしは真性引き篭もりに蹂躙され続けるでしょう。カチェリーナ様はナスターシャを大事にしてるようですし、決して追い出さないんでしょうね」
「わたしはナスターシャに部屋を提供しているだけだ。おまえにはセックスを提供している。これを同じにされたら困る」
「ああ、もちろん天国でしか体験できないことをさせてもらってるんですから、それは感謝してます」
「どんな底辺の人間でも、何かしら奇跡が起こって人生が好転することを夢見てる。しかし、おまえはすべての可能性が遮断されたという誤謬に陥っている。だから絶望が死を招いたんだ」
「誤謬じゃないと思います」
自分が芸術家ならグルーシェンカもこんなに苦しんではいない。ゴッホなら耳を切り落とすことで、それも創作の材料に出来るだろう。だがグルーシェンカは栄達を重ねるしかないのだ。必要なのは挫折のない成功だけであり、失敗は許されないのだ。
「どうやら認知の歪みに陥っているようだな。まあいい。悩みを即座に解決するなんてことは出来ないんだ。もしくは解決しなくていいんだ。未解決性こそが人生なのだから」







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