宮台真司と東浩紀というと、よく知らない人には見分けが付かない。
だが、このふたりのパーソナリティーはかなり違うわけだ。
中身は似ても似つかない。
これだけ人格が違う人間がいるのか、と思うくらいだ。
これは生まれ月の差だと思われる。
宮台は3月3日生まれである。東浩紀は5月9日生まれである。
宮台は麻布から東大というコースなので、三月生まれでも勉強に問題がなかったタイプだが、運動音痴でコンプレックスがあったという発言は見たことがある。
というより、宮台の運動コンプレックスは明らかである。
早生まれは強制飛び級のようなものである。
宮台の場合、勉強での飛び級は問題ないだろうが、ゴミの肉体で飛び級させられるのは体育で地獄だったはずだ。

4-6月生まれだと、幼少期に成功体験が多く、1-3月生まれだと失敗体験が多いと言われる。
小さい頃の一年の開きというのは、相当なものだから、これは当然だ。
東浩紀は筑駒から東大というコースで、これだけ見ると宮台と同じに思えるが、東には肉体コンプレックスがない。
東は宮台同様に肉体がゴミなのに、ごく普通に平然としている。
これは遅生まれという幸運のためである。

東浩紀が思想家として大成しなかったのは、コンプレックスが少ないこともあるだろう。
20歳くらいまでの人生が順調すぎて、思春期のコンプがないのだ。
思想をやる必然性が少ない。
中年以降の東浩紀の人生は必ずしも順風満帆ではないのだが、やはり20歳までに成功体験が多い人間ならではの自信というか、不安の無さがある。
天才思想家にコンプレックスが必須というわけでもなく、アダム・スミスのようにコツコツやるなら、東浩紀タイプでいいのだが、知識人として(要は学者として中途半端でふらふらと)やっていくことを選んだので、異才がないタイプの東は駄目っぽい。

宮台は三月生まれの肉体コンプレックスを解消するための人生だったと言える。
恵まれた知能を伸ばして知的巨人になろうとするよりは、ゴミである肉体(性的劣等感)をどうにかしようということに全力を注いだ。
コンプレックスは人間の原動力であり、天才になることもあるが、天才の多くは馬鹿正直である。
宮台は知力は高いが、性格的にずるい人間であり、裏表がすごいので、「馬鹿」な選択をすることがなく、小利口な解決で終わってしまう。
セコいやり方しか出来ないので、大きな物語がない人間なのである。

こういうハンデの問題になると、ハンデがあるなら克服すればいいという新自由主義者が頑張ってしまうのだが、宮台くらいに歪んだ人間は滅多にいないわけで、ハンデを克服した人間特有のギラギラしたパーソナリティーというのは確実にある。
東浩紀の凡人オーラも思想家としてはまずいのだが、東はそもそも頭の出来がさほどよくない。

何にせよ、早生まれの問題は、少しは配慮した方がいい。
配慮されていれば、宮台の肉体コンプレックスは軽減されていた。
東浩紀に関して言えば、五月生まれというアドバンテージで順風満帆だったが、二十歳過ぎると、それほど突出して頭がいいわけではない、という感じに落ち着いた部分がある。
自分の知力を高く考えすぎていた問題があるだろう。
頭脳そのものでは、東より宮台の方が明らかに優れている。
だが東の方が平凡でまともな人間であり、遅生まれらしいナチュラルな自己肯定感がある。







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