なんでAO入試がここまで拡大したのか、というと、文学部不要論が背景にある。もしくは文系に価値があるのか、という問題だ。昔は教養主義という文化があり、学問が役に立つかというのは、さほど問われなかった。もちろん文学部だと就職しづらいというのは、大昔からの悩みではあったようだが、それでも教養の価値が信じられていた時代には、文学部も価値が認められていた。就職しづらくても、教養主義のために文学をやっていたのだ。そういう教養信仰がなくなり、文系の学問をやる価値はあるのかと疑問視されて、AO入試は増えだしたのである。青白い顔で文学書を読むのではなく、社会性を高めようということである。

問題なのは、文学部以外にもAOが広まったことだ。早稲田大学に関して言うと、政治経済学部は昔は推薦入試自体がなかった。たしか1990年くらいに、都道府県ごとに三校推薦というのが始まったと思う。社会人入学もその頃に始まっているはず。それが2013年は一般入試53パーセントである。2010年は43パーセントだったそうで、かなりAO/推薦が浸透していることになる。これは理解しがたいことである。政治経済学部なら、むしろエリート路線で行った方がいいはずである。AOで頭の悪い学生を入れるよりは、経済学の専門性を高めるという方がよかった。
(政治学科と経済学科が併存しているという問題もあるが)。

小保方は、理系でAOである。理系は数学と物理が出来ることが重要であり、コミュニケーション能力など二の次である。文系が役に立たないという学問の危機は理系に無関係であるからAOの必要がない。数学と物理が出来れば、それだけで産業社会の役に立つので、理系は余計なこと考えなくていいのである。

早稲田のAOが問題を起こしたということで、iPSの総本山である京大の先生たちが怒りの声を上げているが、残念なことに京大の総長もAOに積極的である。
受験勉強ばかりでなく、高校時代にやっておくべきこと、例えば音楽とか、恋愛始め人間関係の葛藤とか、幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる。大学では意志をもって一生懸命勉強して、卒業してもらう。出口管理ですね。このように大学が入学試験を変えれば、高校、中学にも波及するのではないかと期待しているんです。

恋愛とか人間関係とか言ってるが、これもコミュ力の病に囚われている。文系の学問が役に立つのかという文系の危機が問題なのに、AO自体が目的になってるのがやばい。AOでお茶を濁すのではなく、文系学問が役に立つのかという問題に向き合うべきである。学者先生が社会性の無さとか、学問の使え無さにコンプレックス持ちすぎという問題もあるだろう。







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