地球で生命が生まれてから35億年くらいで、有性生殖が始まってから10億年くらいだが、これまで数多くの個体が死に絶えたのである。死ぬために生まれるというのを繰り返してきたのだ。際限なく繁殖は続くが、われわれ日本人は、繁殖の不毛性に気づいているのである。35億年掛けてようやく、繁殖しても意味はないと悟ったのである。老病死の問題を釈尊は悩んで出家した。なぜ老いて病んで死んでいくのに生きるのか悩んだのである。どうせ死ぬなら何をやっても意味がないというニヒリズムだ。釈尊は菩提樹の下で悟りを開き、涅槃に辿り着いたのである。輪廻転生は釈尊の妄想であり、実際は魂など無いから、繁殖によりコピーが作られ続けるだけだ。悟りを開かずとも、死んだら無になるので簡単だ。涅槃などなく、単なる無である。われわれ日本人は釈尊を越えており、この世界をもう見切っているのである。われわれは父親と母親の遺伝子で作られるが、これには当たり外れがある。父親の遺伝子の半分で精子が作られ、母親の遺伝子の半分で卵子が作られる。同じ男の精子でも、2の23乗(840万)通りあるし、染色体の乗り換えも含めれば、さらにバリエーションは増える。ともかく遺伝子の半分で精子卵子を作るから、当たり外れはあるし、兄弟でスペックは違う。たとえば皇室を見ても、浩宮と秋篠宮では容姿スペックが格段に違うわけだ。両親が同じでも、減数分裂の過程で受け取る遺伝子は異なるのである。これがあるから、親のスペックと子どものスペックは同一とは言えないのだが、とはいえ、ある程度親と子のスペックが比例するのに間違いはない。われわれ日本人は意図的に人口を減らすつもりである。それなのに、新自由主義者の都合で、大量の移民を受け入れたいという。新自由主義とは、自分だけが勝ち組になろうという思想であり、これを受け入れるべきではない。新自由主義はグローバル経済の必然だから、これを否定するのは難しいのだが、少なくとも礼賛することはない。全体の利益など新自由主義者は考えない。自分だけが金持ちになる方法を考えるのが新自由主義である。労働力不足の問題に関して言えば、高度経済成長期に加藤智大の母親みたいなのがスタンダードになったからだ。本来は肉体労働者になるような階層の女が「うちの子どもは高学歴に」と頑張ったのである。だが、無教養の親が子どもを叱咤激励したところで、文化資本の乏しさはいかんともしようがなく、多くの挫折者が生まれた。現在の日本では肉体労働をやる階層が減っている。底辺とは言っても、中途半端な教育を受けているのだ。文化資本が乏しいのに、教育に対する意識だけが高い。だから「子どもを残さない方がいい」という判断が働いている。つまり、大衆が教育に目覚めたことによって、ただやみくもに繁殖することの無意味さに気づき、肉体労働を忌避する底辺が出来上がったのだ。肉体労働は蔑まれるが、実は必要なのである。中卒以下がやる仕事だから、あくまで底辺だが、誰かがやらなくてはならない。移民を受け入れるのがひとつの解決だという考えもあるのだろう。いずれにせよ、底辺が中途半端にFラン大出ているとか、そのあたりが日本の問題の核心であり、実は人口問題ではない。肉体労働の問題と、人口問題を峻別することが必要である。Fラン大の底辺が肉体労働をやるのか、ということが問題の焦点なのだ。







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