クリミア半島の事例に限らず、あちこちの民族が独立したがっている。
多文化共生というユートピアを主張する人がいるが、民族自決権の否定である。
やはり民族が違うと、利害の違いが露骨に出てしまう。
同じ民族だって、利害は一致してないが、利害が一致しているという物語は可能だ。
同じ民族だから仲がいいというわけではないが、ナショナリズムという観点においては、利害が共通だという意識はあるのである。

ユダヤ陰謀論というのが絶えないのは、ユダヤ人と利害が一致するのを思い浮かべるのが難しいからだ。
彼らは(イスラエルを除けば)移民として存在してきたから、利害の不一致が際立ってしまう。
ユダヤ人が得する行動をすると、他民族が「陰謀だ!」と騒ぐのである。
ユダヤ人から他民族を見た場合も「利害が一致する相手」とは思うまい。
民族が同じなら辛うじて連帯感が可能だが、他民族と連帯感を持つのは困難である。

利害の一致という物語が国家には必要なのである。
そもそも赤の他人などどうでもいいのだが、そういう他人に共感するためには、どこかで利害が一致しているという物語が必要である。
民族自決権が幅を利かせるのも、同じ民族としての連帯ということで、(他人への憎悪を越えて)なんとか結びつくためなのだ。
同じ民族なら他人ではないということなのだ。

多文化共生という寝言をいう人間には、クリミア半島の事例が突きつけられることになる。
クリミア半島を手にすれば、ロシア国家は得をする。
それがロシア人の日常生活に直結するわけでもないが、利益を得た感じはあるだろうし、不利益ではあるまい。

ともかく他の民族が嫌いなのではなく、根本的にわれわれは他人が嫌いなのである。
利害の不一致は憎悪を生む。
同じ民族であれば、なんとなく利害が一致しているような気がするため、辛うじて我慢できるのであり、連帯感を演出することが可能だ。
普段は憎み合っているロシア人同士も、クリミア半島の編入には抱き合って喜び合うだろう。
多文化共生の問題は、文化の違いではなく、利害の不一致である。
利害が対立している隣人を愛することは可能であろうか。







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