上野 正彦の「死体は告発する 毒物殺人検証 (角川文庫)」を読んでいたら、こんな記述があった。
独り暮らしの老人は自殺が多いというイメージがあるが、これは嘘であり、三世代同居の老人の方がはるかに多い、ということだ。
その他たくさんの研究をしたが、老人の自殺の研究は、国の衛生行政の方向を転換させることに役立った。当時、国は独り暮らしの老人はさびしく孤独であろうと、手厚い政策がとられていた。しかし統計をとってみると、独り暮らしの老人よりも、三世代同居の老人の自殺の方がはるかに多かったのである。  老人は体力も衰え、収入も少ない。家族の負担になっているから、信頼する身内から冷たく疎外されている。これが自殺の動機になっているが、警察官と一緒に検死に行き、息子夫婦に動機を尋ねても、世間体を気にして自分達が老人を疎外していたからなどとは、決して言ってはくれない。神経痛などの病苦を理由に持ち出すので、本当の理由は隠されてしまっている。  そのようなデータをまとめて、論文を発表し注目された。以来、国は老人を平等に福祉の対象として扱うようになったのである。  監察医はただ単に変死者の検死や解剖をしているだけではない。これらを医学的に分析し、データをまとめ生きている人に還元させ、予防医学に役立たせている。

家族が大事というのは物語である。
フィクションである。
理想的で幸福な家庭もあるのだろうが、実際のところ世間体を維持しているだけのことが多く、中身が不幸な家庭はたくさんある。
老人が死んだら遺産を巡って骨肉の争いを繰り広げるのが普通である。
兄弟なんて仲が悪い方が多いのではなかろうか。
殺人事件があると、遺族がメディアに出てきて、「真相を知りたい」と大騒ぎするが、これもビジネスである。
秋葉原で加藤智大が大暴れした時は遺族がメディアに出て来なかった。
あれは誰も管理責任が問えないので、金にならないからである。
加藤を訴えて勝訴しても意味がないから遺族は出て来ない。
対照的に池田小の遺族は「学校が悪い」と繰り返し、宅間守という戦後最大級の犯罪者より、学校が責められた。
もしくはわれわれの社会が悪いことにされた。
素寒貧の宅間(死刑確実)を訴えて勝訴しても意味がないので、どうやって税金を引っ張り出すかという話だ。
学校を徹底的に責めるというプランを弁護士が考えたのだろう。

家族は連帯保証人であり、人質である。
家族が殺されると、人生設計が狂う。
家族愛の問題というよりは、人生設計を破壊されたということなのだ。
反目し合っている家族でも、殺されたとなれば仇討ちということを考える。
部族的な団体なのである。

他人から「こいつは不幸だな」と蔑まれたくない、というのがある。
不幸であるのと、不幸を蔑まれるのは、区別した方がいいだろう。
生涯独身だと、幸せな自分を演出しづらく、いかにも惨めである。
だが、惨めなのは世間体の問題であり、家族というストレスを背負わなくていい気軽さはあるだろう。
孤独死はすごい悲惨な出来事として観測されるが、不幸な死に方をすると悪霊になるという迷信が根底にある。
家族に看取られて安らかに死なないと成仏出来ないという発想があるのだ。
われわれは死んで無になるのをイメージできないので、嫌な死に方をしたら悪霊になるというフィクションを考えたのだが、そろそろ悪霊という迷信とは決別が必要だろう。
そもそも家族に看取られて死んだところで、遺産相続の戦いのゴングが鳴るだけである。
これが安らかだと言えようか。







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