本来なら上野千鶴子の本なんか買わないのだが、Kindleセールで買って読んでみたらこんな記述があった。

「ひとりの午後に」というエッセイ集の中の一節である。
京都で長い学生時代を送っていたころ、行きつけの書店があった。中京区にある三月書房という、その筋では有名な書店だった。人文系の書物の品揃えが充実しており、ブルトンやバタイユ、渋澤龍?などシュールレアリストや奇想系の作家の作品もそこに行けば必ずあった。思潮社の現代詩文庫や歌集のたぐいも揃えてあった。わたしが吉岡実や吉増剛造などの現代詩、塚本邦雄や葛原妙子、加藤郁乎などの前衛歌人や俳人の詩歌に親しんだのも、この書店の本棚をつうじてだった。  京都の出版社、人文書院が出していたサルトル全集のなかから、『聖ジュネ』を万引きしたのは、ちくりと胸を刺す記憶である。泥棒詩人、ジャン・ジュネについて書いた本を、おカネを出して買うのは、なんだか美意識に反する、ような気がしたからだ。

上野千鶴子の父親は医者なので貧困家庭ではなく、ある程度裕福なはずである。貧困でないのに、京都大学に入ってまで万引きするというのだから、筋金入りの反社会的人間なのだ。上野千鶴子は1948年生まれだから、要は団塊世代である。最近は老人の万引きが増えていると言うが、団塊が老人に突入したからである。団塊世代の犯罪率は一貫して高いのである。生涯を通して万引きを続けるのが団塊なのである。最近上野千鶴子の講演をやるかやらないか、で山梨県がゴタゴタしたが、反社会的な人間であるのは間違いない。「ひとりでも最期まで在宅で」という講演タイトルだが、これも結婚制度の破壊を主張してきた延長である。最近は本当に結婚制度が破壊されつつあり、数割の人間が生涯独身に達する見込みだから、ある意味、独り暮らしの老人の肯定というのは必要なのだが、上野が言うとなると、やはり反社会的なのである。上野の目論見通り、晩婚化と非婚化が進んだ。女として魅力のある若い時期にイケメンのセフレとして過ごし、容姿が劣化したらようやく婚活するのがスタンダードだから、男だってあまり結婚したくはあるまい。萎れた花を買い取らされるとなると、結婚願望もなくなるわけである。結局のところ、16-24歳くらいまでの若さのピークの時期を女性がどう過ごすかの問題なのである。このピークの時に結婚しないライフスタイルが定着したのだ。上野が独身の老後についてアドバイスするのは、自分で放射能を撒き散らした人間が、放射能対策の講演をやるような感じである。反社会的な意見も言論の自由に含まれるだろうが、山梨県民の税金で講演を開催するべきなのかは疑問があるだろう。上野に講演を依頼したこと自体がミステイクだと言える。依頼して、後から取り消すとなると、言論弾圧のような印象を受ける。







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