三島由紀夫が本当に同性愛者だったのかは不明であり、女と結婚して子どもも作っている。ゲイバーに入り浸ったり、海外で美しい少年を連れて歩くなど、同性愛を伺わせるエピソードはいろいろあるのだが、三島の偽悪的な振る舞いと見ることも出来るので、断定する材料には乏しい。とはいえ三島が女好きであるというエピソードは皆無に近く、自伝的な小説である「仮面の告白」で同性愛者とはっきり書かれているのは確かである。この告白の真偽は何とも言えないが、ともかくそういうことである。さて、「仮面の告白」は前半部のクオリティーの高さに比して、後半部がとてもつまらない。前半部は男性の美しい肉体への憧れを格調高い美文で綴っている。三島は10代の頃から天才的な詩を書いていたが、それが世界的な文学として結実したのである。それに比して、後半部は単純な語彙でエピソードを羅列しているだけである。三島自身も後半部は「息切れ」と認めている。文章が雑であるだけでなく、後半部は構造的につまらない。前半部は同性愛への目覚めをおもしろおかしく書いている。同性愛が事実かどうかは別として、ゴシップとして楽しめるわけである。後半部は、園子という女性と親しくなりながら性的興味が抱けないという問題が扱われるが、ここで描かれる苦悩はいかにも薄っぺらい。自らの異質性についての強い疎外感がないのだ。31歳の時の「金閣寺」は自らの異質性への疎外感を徹底して描き、世界文学の最高傑作レベルまで仕上げただけに、24歳の時の「仮面の告白」の後半部の淡々とした描写は奇妙に思える。「仮面の告白」は三島由紀夫の自伝的小説であるから、ある程度実際の体験に基づいて書かれており、制約があったかもしれないが、同性愛者の孤独を描ききったとは到底言えまい。

「金閣寺」の主人公は有為子という少女に惚れている。その有為子は海軍の病院で篤志看護婦をやっていたのだが、そこで兵士と恋仲になり孕んでしまう。その兵士は脱走し、憲兵に追われる身となり、有為子と兵士は拳銃で心中する。ここまでが第一章であり、それ以降は有為子という死んだヒロインを思いつつ、金閣に憧れ憎悪する話になる。最終章で主人公は金閣に火を付け、最上階の究竟頂で死のうとする。この部屋は金箔で飾られた究極的に美しい場所のはずであり、そこで美と心中しようとするのである。しかし、主人公がどんなに究竟頂の扉を叩いても開かない。拒まれていると自覚した主人公は燃えさかる金閣を背にして逃げ去り、火傷を舐めながら「生きよう」と空々しくつぶやいて話は終わる。聖セバスチャンのような美しい肉体を持った若者が殉教者として血に塗れて刑死するという憧れは断ち切られ、もはや夭折の美学などあり得ず、忌まわしき日常的な戦後社会が続くのである。

「仮面の告白」の淡々とした描写と「金閣寺」の激しい疎外感はとても対照的であり、この間に何があったのかと思うわけである。三島由紀夫が美輪明宏に会ったのは昭和26年であり、「仮面の告白」の二年後である。とても親しい仲ではあったが、三島は(性的に)相手にされなかったとされる。当時の美輪明宏は誰もが認める凄まじい美青年とされ、三島が美の問題をこじらせたのは、これが原因と思えなくもない。三島由紀夫は類い希な教養人であり、(敗戦後で同世代人口が少ないとはいえ)東大法学部から大蔵官僚になった知性もあるが、教養や知性を追求したのではなく、男性の美しい肉体への憧れや憎悪を描き続けた。かつてニーチェは善悪の彼岸において「一人の人間の性欲の程度と性質とは、その人間の精神の最高の頂にまで及ぶ」と書き記した。三島由紀夫がボディビルを始めたのは、金閣寺の執筆開始とほぼ同時期である。ボディビルで肉体と向き合うことで金閣寺が生まれたと言えるのだが、それ以降は肉体改造に関心が行ってしまい、あまり傑作は生み出せなかった。三島は太宰に対して「あれは乾布摩擦で治る」と批判を行い、病弱な文学青年というステレオタイプな在り方を憎んだのだが、それは破綻したのである。







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