西村は自称ADHDらしい。
こんな発言をしたことがあるようだ。

「小学校の頃、学校の先生から怒られないで家に帰った日の記憶がないんですよ。とりあえずなんかやらかすんですよ。いたずらをしたり、授業中に別のことをしていたり。ADHDの気があったんじゃないかと思ってるんです。」


西村はADHDではない。
注意力は人並み以上である。
発達障害を内面と外界の接触不良として捉えるなら、西村はまったく発達障害ではない。
むしろ西村くらいの健常者はいない。
知力が低いから抜け目の無さで補うのがポリシーであり、小狡いやり方を生涯続けていくのである。
健常者のさかしさを体現する存在である。
西村は落ち着きが無く、そわそわしているタイプなのは確かである。
だが多動性があっても、それ以上に注意力が高いので、イタズラとズルにまみれた人生を送ることが出来る。

西村には発達障害特有の衝動性も窺えない。
盲目的に衝動に突き動かされて行動することがない。
世の中をよく見た上で、冷静に悪事を働いているのだ。
衝動性をコントロール出来ているから、障害と見なされる多動性ではない。
有村悠さんのように艦これで負けたくらいで大暴れして物を破壊するのをADHDというのだ。
有村さんは盲目的に衝動に突き動かされて行動するから、「急に距離を縮めてきて恐い」と言われてしまう。
西村には、有村さんのような衝動的・盲目的な言動が見受けられないので、まったくの健常者である。

西村は現実的人間であり、空想癖もないはずである。
ナルシストでもない。
非常なリアリストである。
徴税官の小倅らしく、夢や空想がすべて取り除かれた俗物なのである。
有村悠さんは空想に溺れて生きており、外面世界への関心が薄く、内面世界に浮遊している。
それでは内面世界の巨人かというと、決してそんなことはなく、頭の中は幼稚な空想とエロの切り貼りで満ちている。
そうやって鐙を踏んで白馬にまたがり空想の世界を永遠に飛び回れるならいいが、ふと気づけば終の棲家である鹿島田のゴミ屋敷の中にいる。
散乱したペットボトルやティッシュの山。
食べ残して何ヶ月も放置されている弁当。
穢れた瘴気にあてられ、鬱という闇が碇を降ろしてくる。
鬱は巨大な質量を持つ。
空想の世界を飛び回ることは出来ず、布団から起き上がれず厭人的に苦しむのだ。
先ほどまで紙切れのようだった現実世界は圧倒的な力を持ってよみがえり、無力な男だけが残される。
これがADHDの二次障害である。

西村は、発達障害特有の怒りを溜め込むタイプとは対極である。
発達障害は情緒が欠けてるくせして、怒りだけは一人前なのだ。
西村は正義感がないが、これは健常者の特徴である。
正義感は発達障害である。
正義感が強い人間は遠くの他人を愛するが、これは自閉性なのである。







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