「人の話を聞かない」という決まり文句がある。
この命題を文字通りに受け取ると、じゃあ人の言うとおりにすればいいとなるが、決してそうではあるまい。
あなたの父親が、台風のさなかに突然旅行に行くと言い出したとする。
当然ながらあなたは止めるだろう。
台風なのに何を考えているのか、と言うはずだ。
しかしあなたの父親は言うことを聞かず、今すぐ旅行に行きたいのだと主張して譲らない。
これは「人の話を聞かない」の典型である。

この父親の問題はあなたの話を聞かないからではなく、その非常識な衝動性である。
思いついたことに猪突猛進するタイプは、何かに取り憑かれたかのように振る舞う。
デモーニッシュな衝動に乗っ取られたような状態である。
理性が衝動に敗北し、盲いた状態になるのだ。

西村博之、ロンブー淳、秋元康のような反社会的人物は、人の話など聞かない。
好き勝手なことばかりやっている。
しかし彼らは「人の話を聞かない」とは言われない。
「人の話を聞かない」というのは文字通りの意味ではなく、盲目的に突進する様子のことなのである。
西村や淳や秋元のように冷静で抜け目のないタイプは、モラルに反した言動を繰り返す生涯を送るが、あくまで倫理的な欠落性であり、盲目的な衝動で動いているわけではない。

台風なのに旅行に行くと言い出すあなたの父親は、西村のように倫理に反した行動をしようとしているわけではない。
理性を失って動いている様子が、こいつを取り押さえなければならないという周囲の反応を生むのである。
「人の話を聞かない」という決まり文句は考え直すべきだろう。
衝動的に非常識な行動をするのが問題なのである。
人の話を聞いてないというよりは、自分で自分をコントロール出来てないのである。

ドストエフスキーの傑作の大半は45歳以降に書かれているが、衝動を制御できない人間を描いて世界的な文豪と認知された。
「カラマーゾフの兄弟」「罪と罰」「白痴」「悪霊」はいずれもそんな話だ。
登場人物は不合理な行動ばかり取るが、衝動に乗っ取られて狂奔する様子が人間的であり、ヒューマニズムの陰画、もしくはある種の人間賛歌として評価されたのである。

「カラマーゾフの兄弟」の中でとても有名な箇所だが、主人公のドミートリーはこんなことを言う。
美――こいつは恐ろしい、おっかないものだぞ! はっきりと決まっていないから恐ろしいんだ、しかもはっきり決めることができないのだ。だって、神様は謎より他に見せてくれないんだからなあ。美の中では両方の岸が一つに出会って、すべての矛盾がいっしょに住んでいるのだ。おれはね、ひどい無教育者だけれど、このことはずいぶんと考えたものだよ。なんて神秘なことだらけだろう! この地上では人間を苦しめる謎が多すぎるよ。この謎が解けたら、それこそ、濡(ぬ)れずに水の中から出て来るようなものだ。ああ美が! それに、おれの我慢できないことは、心の気高い、しかもすぐれた知能を持った人間が、ともすれば、聖母(マドンナ)の理想をいだいて踏み出しながら、結局ソドムの理想に終わることなんだ。もっと恐ろしいのは、すでに姦淫(かんいん)者ソドムの理想を心にいだける者が、しかも聖母の理想をも否定し得ないで、さながら純情無垢(むく)な青春時代のように、本当に、心から、その理想に胸を燃え立たせることだ。いや、人間の心は広大だ、あまり広大すぎる。おれはそいつを縮めてみたいくらいだ。ええ畜生、何が何だかさっぱりわかりゃしない、ほんとに! 理性では汚辱としか見えないものが、感情ではしばしば美に見えるんだ。ソドムの中に美があるのかしら? ところが、おまえ、本当のところ、大多数の人間にとっては、このソドムの中に美があるんだよ、――おまえはこの秘密を知ってるかい? 美は恐ろしいばかりじゃない、神秘なんだ――それがこわいのだ。つまり悪魔と神が戦っていて、そしてその戦場が人間の心なんだよ。ところが人間というものは自分の痛みより他には話したがらないものさ。

これが「カラマーゾフの兄弟」のテーマ、もしくは後期ドストエフスキー作品のテーマなのである。
ドストエフスキーの作品はトラブルメーカーばかりが出てくるが、単なる悪人ではなく、理想主義者なのである。
「おれの我慢できないことは、心の気高い、しかもすぐれた知能を持った人間が、ともすれば、聖母(マドンナ)の理想をいだいて踏み出しながら、結局ソドムの理想に終わることなんだ」というのが最も重要な一節だろう。
ここで言われる聖母を体現するのがヒロインのカチェリーナであり、ソドムを体現するのがグルーシェンカである。
ドミートリーはカチェリーナという理想的な婚約者がありながら、それを踏みにじり、穢れたグルーシェンカとの愛を追求するのである。
度し難い衝動に翻弄され破滅する姿が、世界的に幅広く共感されたのである。
このドミートリーの台詞は三島由紀夫の「仮面の告白」の冒頭にも掲げられている。
聖母の理想を持った人間がソドムに落ちるというのが、三島由紀夫の心に響いたと思われる。
「人の話を聞かない」というのは大きな欠陥であるが、文学としては人間の根底に触れるものなのだ。
周囲をよく見て常識的な最適解を出すよりは、膨れあがった内面世界に従い盲目的に暴走する方が人間の生々しさを描けるのだろう。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング