「忘れられる権利」なるものがEUでは認められており、それがグーグルの検索結果にも影響を及ぼすことになりそうだ。

http://mashable.com/2014/05/13/right-to-be-forgotten-europe-google/
Addressing that question, the European Court of Justice (ECJ) ruled on Thursday that citizens do have a certain "right to be forgotten" online. The court ordered Google to remove links to archived newspaper pages containing old information about the repossessed home of a Spanish man who sued Google and the newspaper in 2010. But what does the "right to be forgotten" actually mean? What does this decision actually say, and what are its implications? We have the answers, below.

先日話題になった欧州司法裁判所の判決。
スペイン人の男性が、過去に自宅が競売に掛けられたという事実をネットから消してくれとグーグルに訴えた。
そして欧州司法裁判所は、この男性の訴えを認め、グーグルに削除を命じた。

The right to be forgotten is not regulated in detail in European law, although the EU is working on a comprehensive new law that would regulate it explicitly.

今のところ「忘れられる権利」は細かい成文法としては存在してないが、EUは明確に定める法律を作成中らしい。
まだ完成してないので、線引きがどうなるのかはわからない。


ネット以前の状況を考えると、われわれは他人の過去をたいして知らなかった。
両親の過去の話でさえ、都合のいいエピソードを聞かされているだけである。
田舎ならともかく、都市部で誰かと会うとすれば、過去は完全に闇であるから、相手の自己紹介を信じるしかない。
根掘り葉掘り聞いたり、証明書の提示を求めるわけにもいかないから、経歴詐称していたとしても気づかない。
もちろん正社員として採用とかなら、経歴の真偽は洗われるが、そうでもなければ自称で構わないのである。
他人の過去がわからないのが世界の本質だったわけだが、それが正当だとするなら、「忘れられる権利」も正当なのだろう。

日本で言えば、名誉毀損は(たとえば前科を晒すなど)事実でも適用されうるし、「忘れられる権利」との違いが分かりづらい。
何にせよ、EUは法律が出来てないのに先走ってるらしく、よくわからない状況である。

乱暴狼藉を働いていた人間が、丸くなって妙に落ち着いてくることはよくあるわけだ。
最近は若気の至りがネットに残る時代であるが、今までは一般人の言動など記録されなかったのだから、そういうネット以前の在り方を踏襲するなら、自分の過去を抹消する権利があると言えないこともない。
凶徒として刃物を振り回し浴びた返り血や悪評をグーグルから消し去り、何食わぬ涼しげな顔で新しい人生を歩む権利はあるらしい。

すべての過去を洗いざらい公開しながら生きている人は極めて稀であり、身振り手振りを交えて饒舌に自分を語る人でも、肝心な部分を隠すために多弁になっているだけである。
自己紹介を盛ることは何となく認められている。
われわれもいちいち疑わないことにしている。
それがゆえに結婚詐欺や経歴詐称も起こるのだが、過去を正直に話したくないというのは、人類共通の願望である。
不可逆的な時間の中で、撤回不能な事実が生成され、それを焼き印のように刻み込まれたのがわれわれの存在なのだが、過去がガラス張りになってるわけでないのも確かであり、存在の根幹である「事実」の多くは隠蔽されている。
たとえ多くの人が知っていても、公然の秘密として伏せることにしているのだ。

そもそも人間に恥という感情がなければ、まったく別の社会になっていただろう。
あらゆるアクションを総当たりで試すカオスな世の中になっていたはずだ。
われわれは恥があるからこそ、最低限の慎みを持ち、無関心を装い、秘密には触れずに、互いの過去を曖昧にすることを認めているのである。
身長186センチで粗暴な楽しんごがいじめられていたという不自然な告白や、ホスト狂いで容姿強者の中川翔子がいじめられていたという不自然な告白は、意味が分からない漢文を素読するように空々しく語られ、その薄っぺらさが、手軽に消費されるエピソードとして丁度いいのだろう。
本当に胸を抉られ銃創が残るような記憶があったら憚り無く話せるわけもなく、何もなかったような顔をしているしかない。

人生において積み重ねるカルマは重すぎるので、それをなかったことにして新しく他人に接するのである。
人間存在にとって、事実が重すぎるからこそ、死斑のような焼き印の痛みは自分だけで抱え込みたいのであり、他人にオープンにはしたくないのである。
事実を知っている数少ない人間が秘密を墓場まで持っていき、永遠に真相が消え去るというのは、人間社会の基本なのだろう。
過去を背負って歴史的に生きているのが人間ではあるのだが、過去を隠したいというのも、極めて強い願望なのである。







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