アスペルガーは天才になりうるが、ADHDは絶対に天才にならないとされる。アスペルガー症候群は、自閉そのものであるから、逆に妙な観察力があったりする。現実が見えてないので内面世界が肥大し、独特の思考が根を張り繁茂するから、正常な人間には盲点である問題に気づくことがある。障害者ではあるが、内面世界の巨人という側面がある。盲人ならではの視点が時として天才を生む。ADHDは同じ自閉症スペクトラムではあるが、衝動をコントロールできないのが根幹問題なので、アスペルガーとはかなり違う。ADHDは精神病とはまったく違う。分裂病的な理性崩壊ではなく、怒りや衝動で我を失うのだ。あまりにも思慮が浅いので、自由意思があるのか疑わしいくらいである。

落ち着きのある人間こそが、本当の意味で強いのである。ADHDの特徴である衝動性と短絡性はほとんどの場合マイナスである。なにしろ自分をコントロール出来ないし、そのバーサーカーな気質が暴君として人を恐れさせることもあるが、問題の本質がまったく見えてないので、困難に直面したら、何も解決できずに終わる。

怒り狂う人間が強く見える時がある。権力を持ってる人間が怒り狂う様は恐いわけである。だが、それはあくまで「力」があるからの話で、実際は怒りというのは脆く、滑稽である場合も多々ある。清原とか伊良部みたいなのはおっかないが、問題解決能力がとても低い。伊良部など奥さんとのトラブルで簡単に自殺してしまった。190センチある伊良部が眦を決して怒り狂うと本場のメジャーリーガーでさえ畏怖して後ずさりしたが、その衝動性と短絡性が恐いだけであり、狂人が恐れられるのと同じである。

人間の知能を抽象概念や数学の理解力で判断するなら、マー君はさほど優秀ではないだろう。しかし、学習能力が極めて高い。一球一球投げながら、いろいろ考えて、問題を発見し、問題解決へと向かっていく。知力があまり高くなくても、とても思慮が深く、気質がスマートなのである。考えるのが好きなタイプだと言えるだろう。思慮深さは知性とは別の問題であり、性格的な気質である。ADHDとは、知能が高い馬鹿が実在するから生まれた概念である。知能が高くても、気質の問題で何も考えない馬鹿がいるのである。ADHDは考えるのが嫌いなのである。ADHDは判断力が低いわけだが、決して知的障害ではなく、怒りや欲望や衝動で理性を失っているのだ。衝動にハイジャックされてどこかに飛んでいってしまう。ADHDは人の話を聞いてないとよく言われるが、実は自分自身でもよくわかってないのである。

ADHDは理性を失っているので、問題を発見できない。言動が極めて短絡的であり、考えることも嫌いである。マー君のような思慮深い健常者は、スマートな気質をもってして、なぜ打たれたのかをじっくり考えて、ちゃんとした攻略法を発見するのだが、ADHDは負けたら怒り狂って大暴れして終わりである。学習しないから同じ失敗を繰り返す。理性を失って現実を突破しようとするのは、暴力でしかないのだ。思慮深さがなければ問題が発見できないし、改善もないし勝利もない。粗暴な性格だと暴力でしか問題を解決できない。マー君が試合中に鬼神のようになると、ギアが上がって球速が速くなり、コントロールも精密になる。ADHDのように、怒り・欲望・衝動に自分を乗っ取られることがない。これが本当の胆力と言えるのである。







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