かつて西村はこのようなことを言ったという。
440 ひろゆき 2006/02/25(土) 10:26:17.41 ID:exrSjzl50 BE:303168-#
>>434
雑談系はどこもそういう流れになるですよ。

初期:
面白い人が面白いことを書く
中期:
面白くない人が面白いものを見に来る
終末期:
面白くない人が面白くないものを書き始める


ここから発展して以下のようなコピペが生まれたのである。

【コミュニティの一生】

面白い人が面白いことをする

面白いから凡人が集まってくる

住み着いた凡人が居場所を守るために主張し始める

面白い人が見切りをつけて居なくなる

残った凡人が面白くないことをする

面白くないので皆居なくなる

コミュニティはつまらない人が場を占拠してしまえることがある。個人のサイトにつまらない記事をたくさん投稿しても誰も見ないが、掲示板だと、いわば押し売りが可能である。コミュニティの存亡は「押し売り」が可能であるか、が問題であろうと思う。

ニコニコ動画が廃れそうで廃れないのは、押し売りが出来ないからである。人気のある生放送に対して、否定的なコメントを繰り返すことは出来るだろうが、それで潰したとしても、自分が乗っ取れるわけではない。嫌なコメントは書けるけども、「自分の押し売り」は出来ないのだ。そう考えると暗い情熱を燃やしてニコニコにネガコメを延々とする人間はさほどいないと思われる。

ツイッターにしても、意外と廃れないのは、押し売りが出来ないからである。一日1000回くらいツイートする人は普通にいるが、どんなにツイートしたところで、それでツイッターを占拠することは出来ない。そう考えると、フォロー・フォロワーという仕組みはとても適切なのだろう。これは需要と供給の関係なのだ。需要したからタイムラインに供給されてくる。フォローしてない人のツイートは流れてこないのだから、「押し売り」があり得ない。一方的にリプを送るという手段はあるが、大量にやれば規約違反でアカウント停止になるだけである。ツイッターは「自分の押し売り」が出来ないように設計されているわけだ。

「自分の押し売り」は機械的なスパムとはまた別の問題である。そもそも「押し売り」が「馴れ合い」に発展し、つまらない人同士が仲良くなることで場が死ぬのである。誰からも蛇蝎のごとく嫌われてるなら、押し売りが門前払いされ不首尾に終わったのであり問題はないのだ。つまらない人間同士が意気投合してしまうと、いわば家に招かれ歓談を始めてしまったようなものであり、そこが彼らにとって(彼らだけにとって)居心地のいい根城になる。その時点でコミュニティは死ぬ。ツイッターは馴れ合いたい人間が自然に隔離されるようになってるから、その意味でも優れている。ニコニコも馴れ合いしかない場のように思えるが、雑魚が馴れ合うことで人気者を追い出すことは出来ない。

コミュニティを作る場合には、「自分の押し売り」が出来ないように設計しなければならないのだ。mixiが衰退した理由は色々あるだろうが、SNSとはいえ、誰でも書き込めるフォーラムに似た構造だから、たくさんレスする人が中心になりがちだ。アクティブ率の高い人がアクティブ率の低い人を追いやるという構図はあったに違いない。特定少数が意気投合しているフォーラムなど誰も参加出来ないし、雑魚による馴れ合いであれば、誰も見なくなる。ダイヤモンドの鉱床のように価値があった場所も、雑魚が占拠するだけで、その価値は大暴落し、やがて無人になる。誰もが平等に書き込めるフォーラムは衰退する定めなのだ。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング