なぜか偏差値が低いにも関わらず、「自分は頭がいい」と考える人がたくさんいるのである。鈍足の男が「俺は足が速い」とか言い出したら気が触れてるとしか思われないが、知力は可視化されないし、また知性より野性の勘の方が強いという問題もある。

「偏差値の高い馬鹿」が実在するのは確かだが、ほとんどが発達障害である。発達障害がなく偏差値が高いなら、優秀に決まっている。偏差値と注意力を兼ね備えている馬鹿を見たことがない。つまり偏差値の問題ではなく、発達障害者が馬鹿という問題なのだが、ここに付け込んでいるのがAO入試組である。発達障害者を見て「俺の方が頭がいい」と思い、偏差値エリートを批判し、自己アピールでねじ込んでいくのである。

ADHDという障害者は、問題文を出されれば回答出来るのである。知力が高いADHDは難関大学の入試問題さえ易々と解いてしまう。しかし馬鹿なのである。なにしろ注意欠陥障害だから、空気が読めないし、状況を把握してない。問題文を出されれば知力で解答できるのだが、自分から問題を発見する嗅覚がまったくない。問題発見能力が皆無というのでは、知能が高くても活かしようがない。単純労働をやらせてもミスが多いので、ADHDに長所はひとつもない。だから正真正銘の馬鹿であることは確かだ。ADHDはそもそも公的に障害者として扱われているわけでる。こういう障害者を事例に挙げて「偏差値が高い馬鹿」という批判を繰り広げるのは極めてナンセンスである。

厚生省のサイトだが、精神障害者保健福祉手帳|経済的な支援|治療や生活に役立つ情報|みんなのメンタルヘルス総合サイトによれば、発達障害(自閉症、学習障害、注意欠陥多動性障害等)は精神障害者保健福祉手帳が貰えるのである。注意欠陥は知能に影響がなく難関大学への合格も可能なので、ADHDで障害者手帳を持っている人は少ないはずだが、とはいえ、紛れもない障害者なのである。

一般入試に合格できるADHDを弾くのは人権問題になりうる。難関大学の一般入試を通過したADHDに対して、ADHDを理由に入学を拒むわけにはいくまい。だからやむを得ず入学させて、もう仕方ないと諦めるべきなのである。注意欠陥があると、問題発見能力が極めて低く、なおかつじっくり考えるのも嫌いなのだが、入学試験で出された問題文は解けてしまうので、やむを得ない。こういうADHD学生がいくらポンコツだからといって、その真逆のAO入学組タイプを入れるのは極めて愚かな対策である。ADHDは人権枠と考え、放置しておく(もしくは障害者としてケアをする)しかないのである。知能が低い健常者を大量入学させて解決する問題ではない。

健常者はいつも周囲に哨戒機を飛ばしあちこちに密偵を送り込んでいるが、ADHDは上の空で無防備な裸城である。ADHDが愚かなのは言うまでもないが、あくまで障害者である。AO入試組が「障害者より頭がいい」と言い出しても、そんな主張は認めるべきではない。ましてや反知性主義を主張するなど、頭に乗りすぎている。

最近はADHDを注意欠如・多動症と訳すことになってるのだが、ふざけるのも大概にしろと言いたい。ADHDは障害である。ケアするべき必要がある障害者である。曖昧な問題にしてしまうと、「ADHDよりは頭がいい」というAO入試組がますます跋扈するわけである。障害者を健常者扱いするというのは、サポートの放棄に繋がる。またADHDがAO入試組と同じ土俵で戦うことも意味する。ADHDを障害者として扱ってこそ、ケアも出来るし、AO入試組による蹂躙も防ぐことが出来る。

ちなみにADHDはコンサータという薬を飲めば、改善する人が多いのである。覚醒剤に似た成分なので、確定診断を受けることが必須であるが、確定診断されれば飲むことが出来る。2013年12月から成人以降の診断でも処方可能になっている。今後も医療は進歩するから、未来永劫不治の障害というわけではない。

AO入試組はその野性的な気質で、子どもの頃からADHDを愚弄し悪鬼羅刹のように振る舞い、知力も低く勉強もせず、人倫にもとる行為を繰り返し、女を口説きまくることでコミュニケーションの鍛錬を積み、たくさんの処女を破瓜させることで自信を付け、山賊として野性の咆哮を上げた後、「俺の方が頭がいい」と主張して一流大学に潜り込む。障害者を踏み台にして自分を大きく見せる人生。それがAO入試組の一生である。それで若い女や学歴が手に入るなら、勝ち組ではあるのだろうが、戦功もないのに戦利品を掠め取るのが上手いだけであり、泥棒と同じ人種である。偉人と簒奪者の区別は付けて欲しいものである。ADHDはいつも上の空でありミスを繰り返すために存在しているから、嫌悪されるのは仕方がないが、これを出汁にして、反知性主義が跳梁跋扈しているのである。サッカー日本代表も、練習より自己アピールにご執心であり、ここまで蔓延すると、もはや防疫も困難である。

そもそも偏差値が低い大学なら誰でも入れるので、門戸を閉ざしているわけではない。矢傷を負い血まみれになって緋色の鉄扉を開かなければ入れないというわけではないのだ。AOで身の丈以上の大学に潜り込んだ人間は講義をまったく理解出来ていないが、それでも卒業は出来る。大学の定期試験というと、特に文系なら出る問題はだいたい決まっているから、先輩から過去問を集めるとか、そういうソーシャルスキルが重要になる。問題と解答を入手した上で定期試験に挑むのだから、(暗黙のうちに認められた)カンニングと言っていいわけである。実際のところ、学問への深い理解を問うのは酷なので、表面上の理解で足りるとしてしまうのだろう。







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