未来は予想出来る。
ある程度未来が予測可能であるから、われわれは存在しているのである。
とはいえ、まったく予測できない事態も時々は起こるし、どのような可能性も退けられることはない。
サッカー日本代表がワールドカップで優勝する可能性だってゼロとは言えず、それがゆえに、問題が発生したのである。
優勝してしかるべき戦力を揃えるのではなく、限りなく0に近い可能性にすがったのである。
本田圭佑が最大の問題ではあるが、サッカー選手の多くが自己啓発本を出しているのが土壌として窺え、その背後の広告代理店の意向もあるだろう。
メッシが得点王とか、ブラジルが優勝とか(実現はしなかったが)充分あり得そうな可能性と、日本が優勝する可能性が、可能性という単語で対等に肩を並べたのだ。

この種の可能性がなければ人間は生きていけない。
40代の女子だって、いつか王子様と結婚することを夢見ている。
本人だってそんな可能性が極めて0に近いことは知っているが、完全な0とも断定出来ないので、希望の余地を残しているわけである。
借金苦で絶望した人間にも、予想もしない金が転がり込むという希望はあり得るし、この種の絶望の道連れとなる希望が、放映権料400億円払うビジネスにまで膨れあがったのが、サッカー日本代表の問題なのである。
自己啓発は、絶望的な人間が手に取る希望の書である。
不治の病が完治するという絶望的な希望がなければ、あまりにも人生は耐え難いので、可能性(未来の不確定性)という病気に耽溺するのは人間の業病でもあるのだが、この宿痾がワールドカップにまで感染し前面に出たのは、電通がコンサルティング業の側面を持っており、赤字の責任は負わないからである。
資本主義の論理からすると、ビジネスが大きくなる分だけ投下する資本が増えるのでリスクが高まるが、コンサルは平気である。
秋元康と同じ立場である。
ドリームキャストのCMは面白かったが、それでゲームが売れるわけもなく、最後は大川会長の個人資産でセガの大赤字を補填したわけである。
秋元康は、失敗しても損失を蒙らないコンサル業なので、いろんなプロジェクトを屍山血河の状態に追いやっても、まったく無傷の身体で別の仕事に挑戦できる。
当たりが出るまで何度も籤を引けるような立場であり、極めて特殊なポジションにいるのである。

ワールドカップ放映権料の七割はNHKが負担してるので、受信料が打ち出の小槌となっている。
可能性という病気をこじらせればこじらせるほど電通が儲かる仕組みであるから、不自然な煽りはいつまでも続くのである。
日曜午前10時に放映されたコートジボワール戦の視聴率は45パーセントにとどまったから、乗せられている人はさほど多くはないのだろう。
日本代表という絶望の中に希望を見いだそうとする人は、圧倒的多数とは言えなかった。
絶望した人間が一縷の望みにすがる断末魔を目撃するよりは、外出して楽しむことを選択したひとがたくさんいたのだ。







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