人類が文字を使い始めてから、おそらく5000年くらいである。知的生命体と呼べるのはそこからであろう。宇宙が出来てから137億年経過し、ようやく5000年前に知的生命体が誕生したのである。宇宙の別の星で知的生命体が存在している可能性はあるが、少なくとも地球には来訪してないし、地球にメッセージも送ってこない。人類の科学の進歩を考えると、あと1000年もすれば、自分の肉体を自在に改造出来てしまうだろう。それは幸福と言えるとしても、ゲームの改造が自由に出来るのだから、ゲームとしては破綻する。われわれはたまたま知的生命体の誕生の初期に居合わせ、1000年くらい産まれるのが早かっただけで、天国となりうる未来から閉ざされているのであろうか。核兵器で人類が全滅するかもしれないが、どちらにせよ、ゲームにならない未来がある。インテリジェントデザインの考えは、そもそも宇宙をデザイン出来る神がどうやって誕生したのかという難問があるが、137億年が経過し、ようやく5000年前に文明が誕生し、われわれが居合わせたのもずいぶん奇妙である。肉体を自在に改造できるなら便利ではあるが、肉体の固定性なくしては、三文小説さえ成立しなくなるから、このゲームを取り仕切る存在が、丁度これくらいの科学レベルに設定している気がしないでもない。地球が出来たのは46億年前で、生命が誕生したのはおそらく40億年くらい前であるが、宇宙も生命も単なる偶然で出来たのなら、われわれはその最終段階に立ち会っているとも言える。137億年掛けて、その終幕と言える数万年の領域で、救済に間に合わなかった人間として存在しているのだ。天国の所在は確認出来ないであろうし、釈迦が入滅したのも誰も見てないから、死んだら悪霊になるという迷信を排し、すべてを唯物論的に考えるなら、死ぬことによって苦悩する自分も消滅するのだから、根源的な救済であると言えるし、飢餓の底なしの苦しみに比べれば、美食で腹を満たす愉しさなどたかが知れているから、自己の消滅は、収束が見えない苦痛と煩悶を根絶やしにする救済として歓迎するべきであるにせよ、肉体という拘束衣を改造出来ないという人間存在の根源的な苦悩が、近い未来に崩れてしまうであろうことに愕然とせざるを得ないし、そこにあと僅かで辿り着けない運命を不思議に思うのである。ある意味生命体が老化するのが不自然であり、同じ状態で細胞を入れ替える方が平易であるとも思われるから、老化を止めて、死すら無くなってしまう可能性もある。137億年掛けて、5000年前にようやく文字を使えるレベルになったのに、あと1000年か10000年もすれば、それが破綻するのだから、不思議さの極みである。われわれの人生は、登場人物になりきるスタニスラフスキー・システムのはずだが、それさえ怪しくなる。知的生命体が数万年も生きれば、この137億年の宇宙の謎のすべてを紐解いて、その神秘の全てと照応する小宇宙のような科学を築いてしまう。現段階でも権力者が核のボタンを押せば人類を全滅に追いやることが出来るが、さらに科学が進歩すれば、そこらの末端のテロリストでも、人類を全滅させる殺戮兵器のボタンを簡単に押せることは想像され、それで人類が消え去るなら、また不思議だと思うわけである。進化には果てしない時間が掛かるのに、近代科学は世界の停止を許さず、100年で様変わりさせてしまう。ホモサピエンスが進化するまでの果てしない時間を待つことなく、科学の圧倒的な早さで乗り越えてしまうのだ。もしくは137億年が長いと考えるのは、われわれの寿命を物差しとした場合の話であり、人類が全滅したら、また最初からループするのかもしれない。







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