https://twitter.com/harukazechan/status/501981462954909697
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はるかぜが蒼波純をライバル視しているというエントリーを検索で探したら、記事が10個くらい出てきて、それが全部このブログであり、他の人のは見当たらなかったので、「酷いblog」とはこのわたしのブログのことだと思われる。

はるかぜがミスiDをdisった件などは記憶に新しい。
こういう一件があったにもかかわらず、何事もなかったかのように脳内変換してしまうのは問題であろう。

https://twitter.com/mosatsu_p/status/475301654040809472
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はるかぜ(母親)が蒼波純を意識しているのは、同じ2001年生まれで、声優志望の女の子として登場してきたからである。だが、ミスiDでグランプリになったことで、トップコートというナベプロ系列の事務所に入ったので、声優になることはないはずである。このトップコートという事務所はナベプロの下というよりはむしろ上の事務所に思えるので、それだけ特別待遇されているのである。アイドル声優としては完璧な素材であるため、CMタレントになってしまうのは残念な気がするが、声優というのは第一志望で選ぶべき職業ではないし、声優は選択肢としてあり得ない。ミスiDの前に、ヤマカンの「wake up girls」の最終選考で落とされた段階で、声優にはならない運命だったのだろう。

母親が勝手に、自分の子どものライバルを決めてしまうことがあるわけである。もしくは、無理して友達にさせようとすることがある。たとえば家が近所というだけの理由で、友達になりたくもない相手と友達にさせられるような経験は誰しもあるに違いない。母親の心情として、「あの子には負けないで欲しい」とか「あの子と友達になって欲しい」と思うこともあるだろう。だが、それはエゴであるからやるべきではないのである。

たとえば昨日のツイートだけ見ても、これで意識してないと言う方が無理がある。

https://twitter.com/harukazechan/status/503150474283872256
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https://twitter.com/junaonami/status/503149154969722881
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人間存在は他者との比較によって立ち現れてくるのである。蒼波純の母親は宮城県の田舎で美しい娘の写真を取り続けてきたが、東京に出てきて、周りが蒼波純より美少女ばかりだったとしたら、それは本当の美ではないのである。福原遙と比較してもまったく見劣りせず、橋本環奈などは単なる丸顔の垂れ目にしか見えなくなるからこそ、褒めそやされているのである。なおかつ蒼波純は学業優秀で知性と教養も高いという属性があるから、他人から好感を持たれるのは当然なのである。この知性や教養にしても、他者との比較の問題である。他人といろいろ比較されるのは、われわれ人間存在の根本的な問題であり、とてもありがちな悩みでもあるのだが、少なくとも芸能人を自認するのであれば、似たような存在と比較されるのは避けられない。蒼波純だって、これから人気が出たら全盛期の広末涼子と比較されるであろうと思う。

蒼波純はミスiDの発表前に、自分が選ばれなくても握手会に行きたいと言っているのである。しかもそれをラブライブに喩える素晴らしさである。

https://twitter.com/junaonami/status/377716042631368704
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ミスiD2014のメンバーがLINEをやったりして妙に仲がいいのは、グランプリの蒼波純の人徳の問題であろう。周囲は全盛期の広末涼子と比較して論じるであろうし、顔だけ見れば広末の方がいいだろうからdisられることもあるかもしれないが、本人は意に介さないであろうし、そもそも総合的に見れば、誰もが蒼波純の方が素晴らしいと言うだろう。

また蒼波純の母親は艦これのキラ付けを娘にやらせている。欧州に家族旅行に行くというエピソードも含め、まさに典型的な有閑階級なのである。嘘のオタク設定でやってるのではなく、この家庭環境はガチ過ぎる。

https://twitter.com/junaonami/status/407480284414619648
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https://twitter.com/junaonami/status/356224512527826944
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蒼波純が声優志望だったのは、母親の影響もあるだろうが、蒼波純を花澤香奈にするとすれば、相当なスペックダウンが必要であるため、ある種の無理難題ではあるとしても、雲の上の存在になれと言っているわけではない。


蒼波純を意識しているのははるかぜ(母親)であろうから、これは親子関係のよくある問題である。明らかに上位互換の子どもと比較するのは、子どもが病む原因だから、止めて欲しいものである。赤の他人が比較するのは問題ないが、母親がやってはいけないのである。まるで蒼波純こそがはるかぜ(母親)の理想であり、はるかぜ(娘)はその理想に至らない存在であるかのように扱うとすれば、それは人間性の蹂躙なのである。われわれが箸休めのようにはるかぜに言及するのはいいが、母親はただ単に娘であるというだけの理由で愛さなければならない。はるかぜ(娘)は悪い人間には思えないし、むしろ善良で正義感があり、他人に嫌がらせをするような人間ではないが、毒親の子どもが無垢である典型でもあるし、公立中学の女子にしては、大人の意図を見透かすことも出来てないし、親を馬鹿にする健全さも持ち合わせておらず、この現実と結節点の無い理想に囚われている危険性もあるから、いずれはそのズレに耐えきれなくなる可能性が高い。猫アレルギーだと疑われても犬アレルギーだと言い張り、猫好きな人物を演じ続けることも、決して女子の狡猾さから出ている発想ではなく、幼い子どもの健気な主張であろう。はるかぜ(娘)はお嬢様でもないのに女子特有の陰湿さや性格の悪さがないから、幼児的ないい子に回帰しようとする反復強迫を続けるであろうし、いずれは丸呑みしていたすべての事象に耐えきれずに吐き出して、かなりの人間嫌いになると思われる。親の理想を叶えなければ生きている価値がないという思い込みは与えないで欲しいものである。







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