猫に関する中川翔子の言動が矛盾していると言われているが、矛盾というよりは、ただひとつの対象だけに眷恋し、それだけに正義感を持つ問題なのである。
中川の場合で言えば、他の動物はどうでもいいが、猫に関することだけは許せないと発狂するわけである。
こういう単一正義は、命に軽重をつけているのであり、道徳とは言わない。
単一正義でいいのであれば、ロンブー敦でさえ、道徳的だと言えてしまう。
ああいうサイコパスのゴミクズでさえ、何かしら思い入れの対象はあるだろう。

もちろん命に軽重があるのが実際のところである。
蒼波純とはるかぜが同じボートに乗っていたとして、それが転覆したとする。
そしてひとりの少女だけが助かったという一報が入ったとする。
どっちに助かって欲しいかは言うまでもないが、しかし道徳の問題として命に軽重をつけてはいけないのである。
蒼波純とはるかぜの命は平等であると考えるのが道徳の立場である。

人間の自然な感情と、道徳的判断は違うのである。
ごく普通に考えれば、蒼波純の価値の方が高いのは明らかだが、しかし道徳的には、蒼波純とはるかぜの命に軽重をつけてはいけないのである。
蒼波純だけ助かればいいというのは、原理主義であり、単一正義であるから、これは道徳とは言い難い。
中川翔子の猫に対する姿勢は、こういう問題なのである。
そして、その中川翔子の価値観に乗っかって、炎上を拡大させたのがはるかぜである。
はるかぜ(娘)は猫アレルギー疑惑があるので、猫好きなのははるかぜ(母親)だと思うのだが、猫の命は他の生き物より尊いと宣言したのである。
これが猫好きの本音であろうが、そうやって命に軽重をつけたのだから、非難されるのはやむを得まい。

誰でも「これだけは許せない」というのがあるとしても、それを前面に押し出すのは、命に軽重をつけることである。
たとえば、いじめはまったくかまわないが、片親を馬鹿にするのだけは許さないという人間がいるとしたら、頭に蛆が湧いていると判断するしかない。
モラルはある程度、普遍性が求められているのである。
自らの嗜好や価値観を脅かされた時だけ怒り狂うというのはエゴのむき出しでしかないし、それならロンブーでも出来るのである。







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