テレビの有名人に質問することは出来ないし、台本通りの進行だし、NGの話題がたくさんあり、決して核心には触れないから、ネット有名人(テレビの二軍)の方が、距離が近くて信頼できるという錯覚を抱きやすい。無添加で未加工で生のまま提供されているような印象を受けるのである。しかしネットだから未加工ということはない。特に静止画像の多用が問題である。

われわれは他人の発言の真偽を表情の変化で判断しているのである。踏み込んだ質問をしたときの変化でだいたいわかる。顔写真は「顔」ではないのである。静止画像と文字の組み合わせだと、至って冷静だと思えてしまうし、「表情を見る」というわれわれに内蔵された嘘発見器が働かないのである。通常ならほころびだらけで、表情や仕草のあちこちから、どす黒い実態がかいま見えるはずなのに、静止画像マジックにより、ひとつも隙がない見事なポーカーフェイスが作られてしまう。

顔出ししていると胸を張るのであれば、顔写真だけではなく、動画も提供するべきなのである。動画を出してこそ血の通った「顔」を提示したことになるし、そこに隙があるからこそ、われわれに多くの情報を与えるのである。動画で垂れ流すと、ニコニコ生放送みたいな民度の低い世界になりそうだが、それが人間の実情なのだから仕方がない。酒場で飲んだくれている親父が天皇陛下の御真影みたいなのを飾っても写真詐欺でしかない。詐称とはまた別の美容的な観点から「奇跡の一枚」に頼っている人も多いであろうし、(美容的に)動いているところを見せたくないという心理もあるだろうが、すました静止画像しか晒してない有名人は、本当の意味では顔出ししてないのである。加工してなくても加工写真と同じである。

われわれネットユーザーはその点についてリテラシーを持つ必要がある。テレビと違って加工されない生の言葉が提供されているように見えるし、あたかも膝を交えて謦咳に接しているような錯覚に陥ることもあるが、なにしろ表情の変化が見えないのだから、いくらでもごまかせるのである。医者を詐称する人が、グーグルで必死に調べながら医学についてツイートしている可能性だってあるわけだ。過去に経歴詐称で話題になった人を思い起こすと、文字の世界ではいかにも端正であったが、映像だと見るからに挙動不審だったりするのである。われわれは、相手が落ち着いていると何となく信用してしまうし、目が泳いでいると怪しいと思うのだが、ネットの静止画像では、両眼の視線が凛々しく像を結んでいるように見えるし、まさか夜道を徘徊する不審者のようにツイートしているとは思うまいが、アイコンはあくまで宣材写真であり、内側から感情がにじみ出てくる「顔」からは極めて遠いものであり、生気を失って何も語らない遺影と同じであり、素顔を公開して見せたというよりは、黒檀色の中身を隠すための仮面をかぶっている印象である。客観的に検証可能な情報は文字で足りるし、たとえば亀山郁夫の翻訳が誤訳だらけでも、それはロシア文学者たちによって洗い出された。だが経歴や人物の問題となると難しい。立派な経歴はタレント価値を生むから、滾々として尽きない泉のように嘘が溢れ出てくる人間が跋扈しており、もしくは経歴に嘘がなくても、本業で実力があったらタレント医師になるわけがなく、その手の贋作がずらりと並んでいるのがテレビであり、それはテレビの二軍であるネット文化人にも蔓延し猖獗を極めている。プライバシーは権利であるから、嘘つきが追い詰められ赦免を乞うこともない。実名を名乗り顔写真を貼ることは、山師の始まりなのである。







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