はるかぜ(母親)は蒼波純のことが羨ましくてしかたないらしく、やたらと対抗してくるのである。
蒼波純の一番好きなアニメが「輪るピングドラム」だという話を数日前に書いたら、自分のツイッターでいきなり幾原邦彦について語り出した。
これだけ雲の上の人間を憎悪し、その一方で憧れてる様子も隠せないのはノイローゼ状態だと思われる。


蒼波純を真似るのなら、まずはエゴサーチをやめるべきである。
蒼波純はエゴサーチを母親から禁じられているのである。


https://twitter.com/junaonami/status/356682306263584768
gorikiego.jpg



なお、このツイートをした段階で蒼波純は単なる素人の小学六年生であり、ミスiDのグランプリにもなってないし、トップコート(ナベプロ)に所属もしていない。
決してナベプロの新人アイドルが、オスカープロモーションの大女優の剛力彩芽をdisったわけではない。

蒼波純の真意はこういうことである。
ネットの悪罵に満ちた雑音を聞いても仕方がない。
剛力彩芽のように自らの信じる道を修験者としてやり通すのがすべてであり、他人の評価に一喜一憂してはならない。
他人に褒めてもらおうとしてネットに依存して、心に生傷が絶えないネットアイドルなんてたくさんいるが、剛力彩芽のような大女優は、飢えた犬のように褒め言葉を探す次元から超越している。
その気高く美しく凛々しい姿勢は模範的であり、見習うべきだと蒼波純は言うのである。

エゴサーチは、残飯の中から食えるものを探そうとする卑しい行為である。
褒められたいという感情だけで生きているのがはるかぜ(母親)である。
小学生の娘のツイッターの代筆をしたら、やたらと褒められたので承認願望が満たされたのだ。
はるかぜ(母親)は芸能界の底辺で辛酸をなめた人間であるから、尊厳が満たされたことはないので、代筆で得られる快楽に依存し中毒になっている。
さすがに中学二年生にもなると、同世代もツイッターをやるから、はるかぜだけ昭和臭くておかしいと気づかれている。

そもそもおばさんが小学生の娘の代筆をして、そのツイートを褒められて喜んでいたのが異常なのである。
そんなので認められたと思うなんて、安っぽいにもほどがある。

わたしははるかぜ(娘)がネットラジオやニコニコ生放送でやるなら、それがどんなに拙くても応援するつもりである。
昨日あたりは等身のバランスがおかしいとか、いろいろ言われていたが、あれも動画を出せばいいだけである。
文字と静止画像だけ出して、動画と音声は絶対に出さないというのは、毒親が娘の代筆をして褒められた快楽を手放したくないだけなのである。
代筆するのが中毒になっていて、身も心も依存しているのである。
もう芸能界からオファーも来ないから戦略として破綻しているし、そもそも児童虐待であるから、やめさせないといけない。
はるかぜ(娘)が芸能界で続けたいなら、文字ではなく、自分の声や動画を発信することが必要である。
それならば代筆は出来ないし、いびつな関係を終わらせることが出来る。

わたしだけでなく、はるかぜ(娘)が音声や動画で自分の言葉で語るなら、バッシングをやめて応援してやろうという人もいるに違いない。
ネットラジオのアプリなんていくらでもあるし、すぐに始められるから、毒親が寝ている間に配信すればいいのである。
頭の悪い毒親が小学生のテストで満点を取って褒められて満たされて、いつまでもやめられないとか、醜態を晒しているだけであるし、2001年生まれとして不自然なツイートが多すぎても気づかない鈍感な人がごく少数存在し、そこから認めてもらってるのが、承認の唯一の回路なのである。
少なくとも女子中学生と接する機会の多い業界人なら気づくに決まってるし、舞台裏の様子がまざまざと目に浮かぶだろうから、オファーがないのも当然なのである。

はるかぜ(娘)は決して悪い人間ではないから、(というか毒親に支配されたいい子の典型なのだが)、愛される馬鹿というポジションを目指すべきなのに、知能にコンプレックスがある毒親のせいで、いつまでも一万冊の本を読んだ大人顔負けの子役という設定を演じなければならないのである。
よりによってアイドルの中で最も知力が高そうな蒼波純を憎むのも、ああやって最高の教育を受けて、優れた頭脳を得たかったのだろう。
はるかぜ(娘)はいじられる方向性に行った方がまだ生き延びれるのに、賢いキャラを強要されているのが何とも気の毒である。
教育放棄されてるから、娘の方も頭が育ってないし、文字と静止画像だけで仕事がもらえるとか、あり得ないことを考えているのだろう。
音声とか動画配信の方向に行くと、代筆という母親の生き甲斐を奪うことになるし、地下牢に鎖で縛り付ける獄吏とはまた別の、愛情を人質に取った蔑むべき脅しが行われている。
自分が愛されているという感覚を得るために主体性を放棄しなければならない子どもは気の毒であり、児童虐待としか言いようがない。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング