たとえば今夜何をして過ごそうかと考えて、武者小路実篤の本を読んだり、仏像を鑑賞したりしてもいいわけだ。しかし、なかなか武者小路実篤の本を読んだり、仏像鑑賞している人はいないであろうし、それは現在という時間において<関心の共有>と対極のことをやろうとしているわけである。仏像が好きな人のSNSとか武者小路実篤のSNSとかあるとしても過疎っているだろうし、現在この地球上で武者小路実篤を読んでいるのはわたしひとりしかいないのではないかと思わされるわけだ。それは素晴らしいことでもある。世間的な関心の引力に引っ張られず、まったくの圏外で過ごすことが出来る。とはいえ、時代はある種の拘束力をもってわれわれを巻き込んでいくのだから、世情になんら無関係の人間として生き続けるわけにはいかない。戦争が始まったら世界から退場して、平和になったら再入場するというわけにはいかないのである。

ともかく、リアルタイムで発生している事象はなかなか避けられないし、たいていの人間は現在という瞬間にバズってる話題に参加したいものである。テレビを見ないと強調し世間的な流行に背を向けている人でも、艦これの検証に参加したりするし、人間は他人と関心を共有したい生き物である。そもそも艦これをやってるのが世界に自分しかいないとしたら、あのゲームは全然おもしろくないはずである。好奇心というのは、個人的なものではなく、集団的なものである。あの噂になってる人間の裏側に好奇心を持つのであり、自分独自の好奇心というのは、あまりないものだ。

そして現在のネットにおいて、大衆的な話題に接するとなるとまとめブログしかないのである。まとめブログが受け入れられたのは「読む」必要がないからである。読書だと文脈を抑えながら全体の文意を読み取る必要があるが、まとめブログは、レスの羅列を眺めればいいだけである。読書の時のような集中力はひとつも必要がない。長文よりは、こういう羅列の方が情報をつかみやすい。

大衆的な話題に関しては、集合知が圧倒的に強いのである。天才的な業績をなすということなら、有象無象がいくら集まっても役に立たないが、バズってる世俗的な話題について検討することなら、有象無象が集まってあれこれ語った方が、いろんな角度から視点が提供され、役に立つのである。個人ブログが廃れる一方で、まとめブログが検索エンジンの上位を独占しているのは、一個人の認識が人海戦術に勝てないことを意味する。このところネタフルとかAMN関連のブログをほとんど目にしないのだが、ああいう愚にも付かない感想文に比べたら、有象無象が集まってまとめた内容の方が読む価値がある。

強調しておきたいのは、決して「まとめ」はまとめブログがまとめているのではなく、実はスレの段階ですでにまとまっているということだ。有象無象の人間が、あれこれ検証した成果なのである。まとめブログは、それを横取りしているだけである。

まとめブログの管理人は「編集している」と言い張るが、実際は泥棒である。たとえば岸田メルの家に盗みに入って、大量の原稿を風呂敷に包んで持ち去ったとする。そのうち出来が悪いものは暖炉に投げ入れて燃やし、出来がいいものだけネットにアップして「編集しました」と言ったら果たしてどうだろう。決してそんなのは編集ではない。作業の過程に関わっておらず、完成品だけ盗んで、出来が悪いのを捨てるだけだから、決して編集ではなく、単なる泥棒なのである。

まとめブログはスレの住人が頑張った結果だけ転載してるから、確かに便利だ。泥棒がやっている店の方が便利なら、使ってしまう人もいるだろう。何にせよ、本当にまとめているのはスレの住人であるということは理解するべきである。まとめブログは単なる泥棒である。無意味な情報を有益なものに変換している達人だと主張するのであれば、それは明らかな僭称である。あいつらの個人的な金儲けに使われるだけならまだしも、世論操作に利用され、被支配階級に転落させられ、単なる農奴として山羊の死体のように地べたに寝転がり、あいつらの宮殿から睥睨されるのは、海賊版の業者が文化的なリーダーになっているような違和感であり、麻生将豊との関わりを考えれば政商とさえ言いうるし、この胸くその悪さは、永遠の被支配者として焼き印を押された疼痛なのか、それとも革命を生むための悪阻なのか、いずれにせよわれわれはネルソン・マンデラのような人間ではないので、握手して終わりということはない。







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