昔はネットは左翼的であった。匿名性は基本的に肯定的にとらえられていた。匿名で書けることの素晴らしさが礼賛されていたのである。あの当時のネットユーザーは子供時代に(金持ちを除いて)パソコンがない世代であるから、たいていは知ったかぶりであり、決してエドワード・スノーデンのような本物のスキルがあるわけではないのだが、あのような無政府主義者とも言えるメンタリティーの持ち主が支配的だったのである。匿名だからこそ権力者を批判できる、ということだった。

だんだんネットユーザーはネトウヨと定義されるようになった。アナーキストから国粋主義者に入れ替わったのであり、匿名性を用いた卑怯な人種と定義されるようになった。初期の左翼的ユーザーにとって都合の悪い集団が生まれて、それがネトウヨと名付けられた側面もある。

またディベートの崩壊という問題も上げられる。昔のネットユーザーはやたらとディベートしていたのだが、このところまったく流行らない。そもそも多民族国家ならともかく、日本人同士でディベートする必然性がないのである。ディベートすると左翼の方が強いのである。左翼の方が言ってることが綺麗でもっともらしい。ディベートだと、左翼の綺麗事をなかなか超えられない。

たとえば、君が代に関する問題である。君が代を歌わない人間がいるとして、それが許されるのかというテーマである。ディベートするとなると、なんか左翼の方が強いのである。国歌とか、そもそも国家など究極的には根拠がないし、天皇の正統性も究極的には根拠がないし、朝鮮半島からやってきた渡来人が継体天皇と名乗って、その子孫が天皇なのかもしれないし、何にせよ幻想の共有であるから、左翼の方が強いのである。

自分の身体を盾にして君が代に立ち向かう人間がいた場合、君が代より人権の方が重要であるというロジックは成り立つ。あらゆることは根無し草であるし、突き詰めると根拠はないので、ディベートしていくと、君が代は歌う必要がないという結論に至るのである。

これに対して、愛国心を主張するのがネトウヨという大きな集団であった。左翼を罵倒し、どれだけ国を愛しているか、ということを語るのである。つまり君が代に関して言えば、多数決の問題なのか、ディベートの問題なのか、ということである。「絶対に君が代を歌わない」という人間がいた場合、その固く結ばれた口をこじ開けて歌わせるべきなのか、と問われると、人権上それは難しい。要は左翼とは、人権を盾にして、無理難題をふっかけてくる人種であり、左翼=人権ゴロということなのだが、ネトウヨはそれを多数決で押し返したのである。衆寡敵せずということで決着が付いたのだ。実のところ、左翼にとって本当は君が代はどうでもよくて、人権問題に出来るなら何でもいいのである。左翼がディベートに長けているというより、人権を人質に取るのが最も有効ということなのである。







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