モーニング娘。のデビューは1998年なので、90年代の女子高生ブームのノリを引きずっているユニットである。安室奈美恵とか浜崎あゆみあたりとメンタリティーを共有しているのである。ハロプロは表向きは学業優先となっているのだが、実際は露骨に偏差値が低い女子の集団であり、学業をまともにやってないことは明らかである。安室奈美恵の育ちの悪さがクールだと持て囃されていた時代とはかなり変わっているので、本来はモーニング娘。は解散していた方がいいのだが、なぜか未だに続いており、道重さゆみちゃんはそれに付き合わされたのである。現在のモーニング娘。の鞘師里保が明らかに可愛くて魅力的なのにブレイクしないのは、育ちの悪さを身につけてしまったのが今の時代に合ってないからである。アクターズスクール広島で同期だった中元すず香はさくら学院なので、お嬢様っぽい雰囲気を身につけているが、鞘師里保はそうなっていない。安室奈美恵は今でもライブの動員力はかなりあるが、ああいう育ちの悪い人間が保守的な大人につばを吐きかけるスタイルは、あくまで懐古的なものであり、時代に合っているわけではない。育ちの悪さが時代にそぐわないことを見抜いて、アミューズがさくら学院を立ち上げたのは、ずいぶん先見の明があったのである。蒼波純みたいな本当の大金持ちのお嬢様がアイドルになるのも時代の象徴と言えるし、はるかぜのような育ちの悪い人間が蒼波純を憎悪して、その一方でやたらと真似するのも、育ちの良さが持て囃されている時代の構図なのである。さくら学院生徒会長の菊地最愛(MOAMETAL)はやたらと品がよく、温厚で優しく茶目っ気のある性格でありながら、凛とした優等生発言も出来る模範的な人物であり、このところ確実に美少女になっているし、歌唱力も並外れているから、世界的なスターになるのは時間の問題である。中元すず香と菊地最愛だけで、これまでにさくら学院が垂れ流してきた赤字は簡単に解消する、というより、他のアイドルが歌唱力で太刀打ちできるわけもなく、これからはこの二人が時代の主役になるのである。育ちの悪さから育ちの良さにシフトしている風潮はさらに明確になる。道重さゆみちゃんは、あの劣悪な獄舎の中でひとりだけ品性を保ち続け、聖書に向き合うような生活を続けてきたが、その孤高の日々も終わるのである。そう言えば、蒼波純が出る映画は、道重さゆみちゃんをテーマにしているのに道重さゆみちゃんが出ていないという不思議な作品である。このふたりが共演していれば、われわれにとって、昭和天皇と明治天皇が並び立つくらいの価値があったのに、それが実現しなかったのは残念である。道重さゆみちゃんの休養宣言を「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」という吉田松陰の辞世の句に重ね合わせたくなる。無惨に処刑された吉田松陰の遺骸を引き取りに行ったのが桂小五郎と伊藤博文であるが、松下村塾は現代の日本にも受け継がれているのである。だが大森靖子と橋本愛は道重さゆみちゃんに挨拶に行ってるのに、蒼波純は行ってないと思うので、魂は受け継がれず、朽ち果てただけという気もする。そもそも蒼波純のような生まれつきの貴族の令嬢とは話が違うであろうし、貴族でないのに貴人たろうとし続けたのが道重さゆみちゃんなのである。13世紀にモンゴルがユーラシア大陸を蹂躙していた頃、日本も標的にされ、玄界灘にある壱岐島などは、元寇により、男は全員殺され、女は全員強姦されたと言われる。本土では当時の武士たちが元寇と戦い撃退したのだが、なにしろ防衛戦であるため戦利品がないから恩賞がもらえず、神風で撃退したと説明されてしまい、まったくの無駄死にに終わった。道重さゆみちゃんがアイドルとしての皇統をひとりで守り続けたのは、まったく名誉の与えられない戦死として結末を迎えたが、歴史に組み込まれないとしても、何らかの意味はあったに違いない。「ミッドナイト清純異性交遊」で橋本愛が道重さゆみちゃんを演じてるのだとすれば、蒼波純は鞘師里保の立ち位置とも思えるが、今後の芸能界で鞘師里保が売れる見込みがないのに対して、蒼波純は間違いなく売れっ子になるだろうと考えると、なかなか興味深いところである。2013年10月に蒼波純は「ハロプロって言われると まず道重さんです。可愛くて強いところが好きです」というツイートをしているのだが、言及したのはこの一度だけである。







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