三島由紀夫の「金閣寺」において南泉斬猫という禅の公案が繰り返し提示されるわけである。この公案への専門的な解釈は別として、「金閣寺」では、美しい猫を巡る争いとして提示されている。南泉はその美しい猫を斬ってしまうが、趙州は草履を頭に乗せるのである。この趙州の態度は、美にひたすら耐えることである(と三島は解釈する)。つまり、喩えようもなく美しい猫がいるとして、それが手に入らないなら切り捨ててしまうか、その美しさにひたすら耐えるか、というのが南泉斬猫という公案の本質なのである。「金閣寺」はこの二択を軸にして進行するのである。美しい猫を切り捨てても意味がないと柏木という人物に何度も言わせながらも、主人公は金閣に放火するのである。

かつてニーチェは「一人の人間の性欲の程度と性質は、その精神の最高の頂にまで及ぶ」と述べた。「金閣寺」も、これと同じ価値観に従って書かれているわけである。われわれは人生の余興として美少女を求めているのではなく、それは人間精神の最高の頂に通じるものなのである。

昔からアイドルというのはいるが、たぶん誰もが、いつかは結婚したいという妄想を膨らませながら応援していたのである。あり得ないとわかりつつも本気で疑似恋愛していたのである。これは「金閣寺」の文脈で解釈可能なことである。だが、最近は、アイドルと結婚したいとか、そういう願望なしに応援する風潮が明らかに広まっているのである。昨今の世情においては、セックスに本当に意味があるのだろうか、という疑問も生じているわけである。いわゆる草食系ということだが、セックスが自由になったことで、その性質は明らかに陳腐化しているのである。

三島由紀夫は自決の一週間前の対談で、バタイユを引き合いに出しつつ、セックスとエロティシズムの違いを説き、必要なのはエロティシズムであり、単なるセックスに意味はないと強調している。

バタイユの「エロティシズム」ではこんな風に書かれているわけである。
人間の精神は、きわめて驚くべき禁止命令にさらされている。
人間が人間自身を絶えず恐れているから、そうなるのだ。
人間は人間の性の衝動に脅えているのである。
聖女は、恐怖に駆られて好色漢から遠ざかる。
好色漢の恥ずべき情念と聖女自身の情念が同一であることを聖女は知らずにいる。
人間の精神の可能性は聖女から好色漢まで広がっているが、その一貫性を探究することはできる。

修道院に美少女がいるとして、それは究極の性的対象なのである。修道女はセックスに無関心で女を捨てているというのではなく、むしろ、聖性を帯びた最高の処女を存在させたいという願望が修道院を作ったとも言える。

現状の時代のあり方だと、性行為によって相手の魂すべてと結ばれて絶対的な聖性に到達するという発想はなかなか難しく、犬や猫の交尾と大差がないとも思えてくるわけである。一昔前なら、やれないアイドルに金を使う発想などあり得るわけがなく、風俗に行った方がよほどいいに決まっているのだが、なんか風俗に行って肉塊に触れるのもめんどうという時代でもある。

「金閣寺」は当然ながら、エロティシズムの文脈で書かれているわけである。禁止されることによって聖性が最高度まで高まった処女とやりたいという、人類の普遍的な夢でもある。これがこの現代ではなし崩しにされており、世界からすっかり聖女が消え去っているから、むしろやれないアイドルでも応援した方が、まだしも聖性に近づきやすいという気がするのである。これは「金閣寺」のような絶望的な希求ではなく、妥協であるのは言うまでもないのだが、「一人の人間の性欲の程度と性質は、その精神の最高の頂にまで及ぶ」というニーチェのテーゼからわれわれは脱落してしまったのであり、決断主義者として金閣を燃やしたのでもなく、何となく陳腐化された世界に住まわされているのである。

このところのアイドルブームは、人間のセックスが犬や猫の交尾と大差がなくなったことの結果なのである。「金閣寺」の根底に流れているのは、人間として存在していて、最高の美少女を抱けないというのは、自らの魂が聖性の悦楽に触れ得ないまま終わるという絶望であり、それが人間の根源的な苦悩なのである。それを描ききったからこそ、文学の最高傑作たり得ているのだが、三島が予言したように、エロティシズムがなくなりセックス(犬の交尾と同じレベルの行為)しかなくなっているのなら、金閣から拒まれているという絶望も自ずから曖昧になるのである。







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