古来より人類が、肉体と精神を区別して考えていたのは、肉体は交換したいが、精神については同一性を保ちたいという欲求が背景にある。
人間が時間の中に存在していることを考えると、五年前の自分と現在の自分が完全に同一と言えるか判然としないが、ある程度の同一性は維持されているはずである。
時間が経過しても内面は同一であると考えているわけであり、それは同じ内面を反復しているからである。
何の変わり映えもしなければ、確かに同一と言い得るであろう。
何ら進歩もなく、昨日の自分と平仄を合わせていくことが必要なのである。

口癖という反復性がなかったら、われわれは他人の存在も理解しえないであろう。
口癖という形で他者の発言が予見出来るからこそ、われわれは他人を固定的な同一性を持った存在として理解しうるのである。
仮に他人の言動にまったく予想が付かなかったら、それは同一性を欠いた存在ということである。
同一性があるからこそ、他人の発言は予想可能であるし、それこそが人間存在なのである。
われわれは「自分」という人間の同一性を口癖に頼っているのである。
相も変わらず似たようなことを反復的に言い続けることで、同一人物であり続けているのである。
われわれの口癖は脊髄反射であるから、まるで発言が口に貼り付いているかのようであるが、そもそも脳と口が貼り付いているはずなのである。
この靴底のガムが剥がれないような感じが、われわれの同一性であり、この固着した性質こそが、時間が経過しても別人にならないということなのである。







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