10月24日にはるかぜが新著を出したのだが、あまり売れてないようである。初版7000部はあまりにも勇猛果敢に過ぎた。フォロワー17万人と言っても、ツイッターなんてすぐやめる人が多いのであるし、生きてるアカウントは5万くらいであろう。5万人のうち7000人が買うとは思えず、また、じっくりと見れば見るほど2001年生まれの中学二年生のツイートとしては昭和過ぎるのがわかるから、金を払うほどのファンはかなり少ないと思われる。みずみずしい若木の匂いがするならともかく、老廃物の固まりなのだから、特に1400円という定価を考えるとかなりハードルは高いであろう。

はるかぜ(娘)は毒親による被害者でもあるが、しかし家庭環境の問題というのは、結局のところ本人が引き受けざるを得ない。児童相談所の案件と言えなくもないが、どこかの金持ちが面倒を見てくれるわけでもあるまいし、仕方がないのである。本人の性質を考えたら、愛嬌のある馬鹿という路線しかないのだが、はるかぜ(母親)は代筆が生き甲斐なのであろうし、文字の仕事でたくさんオファーがあればベストセラー作家で印税生活と皮算用していたのだろう。小学生の代筆をして褒められた成功経験が忘れられないのであろうし、このババアは救いようがない。愛嬌のある馬鹿として使って貰うしかないのに、それだとババアの欲が満たせないため、あくまで利口な子どもという路線から抜けられないのである。どうしてもそこで認められたいらしく、業病としか言いようがない。そもそも仮に知性に恵まれていたとしても、文字での仕事なんてたかが知れており、ましてや本人が公立中学で落ちこぼれているレベルでは、さすがに見抜かれてしまう。要するに、はるかぜ(娘)の実像とは懸け離れたイメージで売ろうとしているわけだが、ネットでリテラシーの低い人を誤魔化すくらいは出来るとしても、1400円払わせるのは無理である。

日本書紀の聖徳太子のエピソードも、かなりが作り話だと疑われているわけである。斑鳩宮に住んでいた厩戸王は皇族であるが天皇にはなってないし、血筋が途絶えているから、後から話を盛るには格好の人物なのである。文明初期だから可能であるのだし、勝者だから歴史が書けるのである。はるかぜ(娘)は現在において生存している人物であり、またタレント業であるから、本人を隠しても仕事のオファーが無くなるだけである。岡田有花の協力を得てツイッターのフォロワー数を獲得しただけで、タレントとしてのポジションを掴めなかった。実効支配さえしてしまえば、そこからは正統性が生じるのである。売れてポジションさえ掴んでしまえば、勝てば官軍となるが、ネットで足場を得ても、テレビの仕事に繋がってないからまったく無意味だったのである。ネットでチヤホヤされても、その層は本当のファンではないからお金は払わない。はるかぜ(娘)は使える範囲内の馬鹿だと思うし、鈴木奈々みたいな立ち位置は可能だと思うのだが、はるかぜ(母親)はそうは売りたくないという問題である。

誰も彼も成功するわけではあるまいし、はるかぜ親子は失敗事例として、ひとびとの記憶に残るのである。失敗例として生きなければいけない人がいて、それがはるかぜ(娘)なのである。芸能人はそれなりに虚像で商売してるのだが、美人だから誤魔化せるわけである。虚像で売れるのは美人の特権としか言いようが無く、はるかぜの容姿では無理なのだが、なんか静止画像で美人に見せようと頑張ったり、見当違いの努力を重ねており、今後とも迷走が期待される。この愚かさを教訓として語り継ぐことで、少しは人類のために活かされるのではなかろうか。







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