愚民だらけのディストピアに向かって何を言っても仕方があるまいし、瘴気にまみれた穢土の住人にふさわしい言動を見せられているだけなのだが、わたしがこの暗澹たる風景を有り難く賞翫する義務はあるまいし、盲しいたおまえらの頭の中に朱筆を入れるくらいは許されるであろう。安倍晋三はよく憤慨するのだが、憤慨は怒りと違うわけである。憤慨はある種の紳士的な行為に見えるが、本物の紳士というよりは、怪紳士と言った方が似つかわしい。いかにも一芝居打っているという感じがぷんぷんするのが憤慨という感情表現なのだ。自尊心が不当に傷つけられたという表情をしてみせるのであり、たいていは苦し紛れである。安倍晋三の知力だと、他人とまともに議論したら負けてしまうので、憤慨してみせる芝居で逃げるのであるし、相手からラフプレーを受けたと虚偽申告するシミュレーションなのである。こいつくらいのクズはいないのであり、胡散臭い中国人が頻繁にやる芝居と言っていいのだが、安倍晋三は馬鹿でも毛並みがよさそうなので、憤慨してみせて議論から逃げることが許されている。安倍晋三以外なら不審人物の典型と言っていいのに、なぜかこいつだけは憤慨の芝居が許されている奇妙な状況がある。人間は自分の欠点を隠すための工夫をするものであり、安倍晋三の場合は、憤慨して議論を打ち切る芝居がそれなのである。最近の世の中では、怒りっぽい人間が嫌われるので、怒気をはらんだ様子を見せるだけで嫌悪されるのだが、安倍晋三が憤慨している芝居は、無意識には、演技だとわかっているので、ひとびとは安部を「怒りっぽい人間」だとは思ってないし、温厚な人間だとすら認識しているのである。ソドムの住人に何を期待しても無駄であるし、おまえらだと小学生のドリルでさえ嶮岨な山になってしまうのだから、世界を変えることは出来ないし、現状に甘んじるしかない。安部は、本来なら狼狽するべき場面で憤慨する芝居を繰り返しているわけである。こいつくらいの馬鹿なら国会で狼狽しまくりのはずなのだが、おまえらが馬鹿なせいで憤慨して逃げる芝居が許されているのであり、この興行がいつまで続くのか興味深いところである。







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