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肉体と精神を切り離そうとしても、これは切り離せるものではない。それに対して、家庭環境と少年少女は切り離せるが、しかし、切り離した後に誰が面倒を見るのかと考えると、経済的な事情から、やはり分離できないのである。父親とか母親はシンボルとしてとても強く共有されているから、この仕組みを壊すわけにもいくまい。家庭環境を取り替えるのは可能ではあるが、極めてコストが高く付くから無理なのである。だからはるかぜ親子の実情がどれだけ陰惨で猖獗を極めていようとも、なかなか解決案が無く、悲劇を見守るしかない。

はるかぜのエピソードで頻繁に用いられるのが、電車を乗り違えたとか、乗り過ごしたという話題である。これはADHDではないか、という疑いが持たれている。検索してみると、電車で乗り過ごすとか、乗り違えるというのはADHD当事者の話としてずいぶん出てくるのである。はるかぜ(娘)は中学二年生であるから、本来は女子中学生ならではの多感な様子が見られるはずなのだが、女子らしい細やかさがひとつもなく、どこまでもガサツさが貫かれている。はるかぜ親子は自分とアンチが西側諸国と東側諸国のような関係であり、ベルリンの壁を挟んで冷戦を続けているという世界認識を持っており、時には大陸間弾道ミサイルを放ちさえするのだが、こうやって戦塵に塗れる正義というのは、端から見れば単なるトラブルメーカーなのである。

ほとんどの電車の乗客は、電車が現在どこを通過しているか把握している。それが注意力なのである。やたらと電車で乗り過ごすはるかぜ(娘)は明らかにおかしいのである。そしてはるかぜに典型的なこととして、またもやこれも悪事ではないのである。決して悪事は働かないのである。だが、電車に乗っていて、どこを通過しているか把握してないのは、かなり非常識と言うしかないのである。悪事ではないが、ここまでぼんやりしていると、人間としておかしいと思うのである。

学力の問題で言えば、小学生の時に算数で0点を取ったことがある道重さゆみちゃんも似たようなものであろうし、あまり学校に行ってないという点でも同じだが、道重さゆみちゃんとはるかぜは賢者と愚者という意味で対照的である。注意深く周囲を見て物事をじっくり考える感性があれば、自分の利害と他人の利害の不一致ということに思い至るはずであるし、その不一致の調整を考えるのが賢明な人間である。はるかぜが、あくまで自分が正義で、アンチが悪魔だと主張するのは、いろんな人の立場(利害)を考えないからである。そしてはるかぜの正義というのも復讐の論理でしか無く、相手がミサイルを先に撃ったから、こっちもミサイルで報復するという論理を作りたいだけである。相手が先制攻撃してきたと主張してるだけであり、それは自分が他人を攻撃する大義名分でしかないのである。これもADHDの悲しさなのである。ADHDがいじめの対象となりやすいのは、他人と衝突しやすいからであり、そしてマイノリティーだから敗者になりやすいだけである。ADHDは先天的な問題であり、また親が悪いお手本となっているから、物事をじっくり考える習慣など決して身につかない。電車に乗っていたら、普通は現在どの駅を通過しているか確認しているわけだが、はるかぜはまったく上の空らしいので、こういう最低限の状況認識すら出来ないのでは、他人とズレているのもやむを得ないのである。道重さゆみちゃんのような気品ある人間なら、配慮が至らない言動をしたら、深く反省して恥じるはずなのだが、はるかぜは、犯罪でなければ何をやっても構わないと考えているから、たとえ善良な性格であるとしても、トラブルの温床であるし、特にババアも含めて考えると本当に危険な物件なのである。はるかぜ親子は極めて貧しい人間観しか持ってないから、どれだけ長広舌を振るっても、人間存在の機微を無視した正論しか言えない。電車がどこを走ってるのかわからない人間が正義について語るのは大惨事の予兆にしか思えない。おそらく乗客の一員である意識すらないのであろう。







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