11月29日はモーニング娘。は完全にオフだったのだが、鞘師里保は家でずっと寝ていたというエントリーを上げただけで、まったく道重さゆみちゃんと接触している様子がないので、やはりビジネス百合だったという判断をせざるを得ない。同日に放送された(前日収録の)ヤングタウンでも、鞘師はずいぶん元気そうであるし、肩の荷が下りてせいせいしたという感じが伝わってくる。このタイミングで道重さゆみちゃんの元を訪れるべきは鞘師であるはずなのに、気配すら見あたらない。人類で最高の性的魅力を持った少女を、鞘師が百合で回収してくれるという望みは絶たれたのである。これから熱愛報道がなされる前に退避しておかなければならないし、わたしとしても12月7日のさくら学院ライブに向けて気持ちを切り替えたいのだが、さゆロスが治る見込みがないのである。道重さゆみちゃんは十年以上部屋を掃除してないし料理も出来ないので、家事は出来ないと思われるが、とはいえ、これから衆生の幻想の共有物ではなく、その生身の肉体が特定の誰かにゆだねられると考えると、あらゆる共産主義が失敗したのは当然であると首肯するしかないし、コミンテルンの紅い旗を掲げる者があれば撃つしかない。この地球上に七十億の主観が存在しており、それぞれの座標から現象世界を体験しているのだが、これがひとつに摺り合わされて地上の楽園を形成することはないのである。われわれ人類は、人生を分業しているという側面があるが、道重さゆみちゃんを妻にするという人生を誰もがやりたいに決まっており、そうでないパートをやらされるのは、この一回性の人生において耐え難い問題である。この闘争こそが、個体性なのであろうし、誰もがそれぞれ地上の楽園を与えられるなら、それは別の世界の住人と言うしかない。同じ世界でありながら配役がまったく違うというのが人類の本質であり、この位階秩序が肉体的に象嵌する刻印こそが人生なのであろうし、そのような絶望で象られなければ、一個人というのも存在し得ないし、夢想からこぼれ落ちて目が覚めたときの無惨な光景からしか自分を感じ取れないという問題は、われわれが背負うべきものであろうが、この疼痛の深さたるや表現のしようがないのである。アイドルの肉体とは、誰でも愛でられる花鳥風月とは対極の、つまり箸休めに褒め称えて謳うような詩境に存在するのではなく、人間の根源的な性の問題なのであり、この極めて個人的な空間こそが自分なのだから、いずれ訃報に接して生木を裂かれるような思いで、ようやく現実を知るのである。現実とは人間の脳が作り出す現象世界でしかないが、根無し草のわれわれにとって、まさにそれがすべてであり、これを断ち切るとすべてが無に帰するという問題である。







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