東京裁判史観という言葉を使う人間は例外なく馬鹿なのである。実際は1945年を境に、世界の常識が変わったことが重大なのである。たとえばユダヤ人差別の問題にしても、1945年以前には平気で行われていたわけである。ドイツだけがユダヤ人を差別していたというのなら、なんでドイツにたくさん住んでいたのかという問題がある。実際は欧州全体の問題なのであろうが、ヒトラーが台頭してからエスカレートしたということであろう。

この種の問題への対応は1945年からガラリと変わったのである。端的には国連が出来たからである。東京裁判は、その文脈のひとつでしかない。そもそも東京裁判を茶番だと批判する人間は、東條英機を処刑して昭和天皇を無罪にするという台本に怒り狂っているわけで、これは陸軍統制派のメンタリティーである。東京裁判の結果はサンフランシスコ講和条約にも組み込まれているが、昭和天皇が無罪というのが確定したのに何が何でも覆したいのは、やはり靖国に戦犯を合祀したのと同じ発想であるし、朝日新聞とは逆の方向で国益を損ねているのであり、ノモンハン事件でソ連と交戦した馬鹿と同レベルである。関東軍はソビエトの南下を防ぐための壁として置いてるのに、自分からソビエトに攻めに行くというのは、自分がスタメンに出てゴールして勲章を貰わないと気が済まないというエゴである。GHQが逮捕しに来た時、彼らが部屋に入る前に、東條は胸に銃口を当てて自らの身体を打ち抜いたのだが、心臓を逸れてしまい一命を取り留め、かなり間抜けなことになったわけである。日本人からも嘲笑される中で法廷に立ち、東京裁判ではアメリカ側のシナリオ通りに話して死刑判決が下されたが、それでも処刑される前には天皇陛下万歳を三唱したのである。靖国に参拝する政治家は、自ら泥をかぶっているのではなく、関東軍がソ連に攻撃するようなスタンドプレーをしているだけであり、これを支持するのは愚かである。日韓関係は特に差別問題の文脈だからデリケートであるべきなのである。実際は、差別というよりは、日清戦争で日本が勝ったことで、それまで中国の属国だった朝鮮の扱いに困っただけであり、このすさまじい最貧国を日本が赤字で面倒を見ていただけだが、植民地扱いするには、自尊心のかたまりの面倒な相手だった。

ともかく1945年から国際連合を起点として、戦勝国が人権を啓蒙するということになったのだ。この国連による人権教育というのが、1945年以降の社会を大きく変えたのであり、東京裁判はその流れの中の枝葉末節である。国連より東京裁判に意識が向いてしまうのは、歴史を大局的に見ていないのである。もちろん1945年以前にも差別反対運動はあったし、婦人参政権の容認は20世紀前半から見られたが、差別に対する補償というのが世界の常識になったのは、1945年からと言った方が妥当なのである。差別問題に関しては、1789年のフランス革命より、第二次世界大戦が終わった1945年の方がずっと重大な年号なのである。そしてこれに時効はないのである。われわれは戦後社会(第二次世界大戦後の社会)のパラダイムに今のところいるので、自分が生まれる前の差別にも責任を取らなければならない。なぜ自分が生まれる前の差別問題に罪悪感を感じ、補償するのかと言えば、それが国連の価値観だからと言うしかないのである。第三次世界大戦が起これば、まったく別のパラダイムに移行し、まったく別の常識になるとは思うが、われわれの寿命の短さからすると、たいていはひとつの時代しか生きることはないので、その常識に従うしかないのである。







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