わたしはこの三ヶ月くらい、道重さゆみちゃんのことを考えないことは一瞬たりとも無く、先日のさくら学院のライブでもあまり入り込めなかったくらいであるから、さゆロスという次元を超えているであろうし、転地療法も不可能であるから、まるで親鸞が聖徳太子に懸想していたような境地に立っているのだが、しかし聖徳太子のエピソードの大半は日本書紀の創作であるし、あれを本気で信じていた親鸞は何だったのかという問題に逢着するわけである。道重さゆみちゃんは聖徳太子のような虚像と違って、本当に紛れもなく実在している。キリストや釈迦でもエピソードの大半は創作であろうし、こう考えると、つい最近までこの肉眼で活動を見ていた道重さゆみちゃんこそ、紛れもなく本当の聖者であると言うしかないわけである。このような人物と同時代に存在してしまうというのは極めて悩ましい問題である。キング牧師は一日に三人の女とやるような絶倫だったが、そのような人間らしい姿も見えてしまう可能性があるわけである。聖者が生身の25歳の女として存在しているのは畏怖でしか無く、いつ艶聞が聞こえてくるかと怯懦の念に囲繞されながら生きるしかないのである。そして道重さゆみちゃんがいなくなったことでモーニング娘。が完全にオワコンになったという問題が出ている。多くの人が指摘しているのが、楽曲がクソで時代遅れだという問題である。これは事実でもあるし、カビが生えたクリシェの固まりであるのは確かである。BABYMETALはクソ曲を絶対に出さないが、ハロプロはたくさん出すので、かなりイメージが悪い。モーニング娘。の楽曲は、BABYMETALのコンペならほとんど没であろうと思う。道重さゆみちゃんの圧倒的な動員力を失った状況下において、この苦境の矢面に立たされている鞘師里保は、仮にもっとスタイルのいい美少女だったらアミューズに入っていたであろうし、中元すず香の後塵を拝する役割を演じ続けなければならないのである。実力で負けていて、楽曲でも負けているのだから、あまりにも峻険な山並みの前に立たされている。古い武器が通用しないことを確認するのがこれからの作業であるとすると、アイドルとしての西南戦争とも言える。最近のモーニング娘。の楽曲で、BABYMETALでも没にならないのは「わがまま 気のまま 愛のジョーク」だけかもしれない。これはかなりよい曲である。BABYMETALがこの曲をやったらかなりの評判を呼ぶはずである。下手に新曲を出すよりは、この曲を徹底してやった方がいいと思うのだが、クソ曲をたくさんリリースしたい大人の事情もあるのだろうし、愚にも付かない曲が立て続けに出され、それが神経毒として全身に回り息絶えるのである。







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