われわれははるかぜ親子を笑っているが、実際はこの親子の馬鹿さ加減は、われわれが陥りやすい愚行でもあり、まったくの他人事ではないのである。この親子ほど酷いケースは稀だとしても、何かしら身に思い当たる人が多いからこそ、注目されるのである。本当の精神病の人はwatchされない。精神病の人は書いてることが妄想だらけで、われわれにはまったく思い当たらない支離滅裂な内容だからである。はるかぜ親子は裏聖書というか、黒い聖書というか、人間にありがちな愚かな部分の集大成なのである。

人間は時間の中で選択を迫られる存在である。止まらない時間の中でタイムリミットが設けられ、決断を迫られる。白い画用紙に好きな絵を描いていくのではなく、時間の中で差し迫ってくる課題に答えているのである。はるかぜ親子は現在選択を迫られているわけである。はるかぜ(娘)は来年中学三年生になるのだが、芸能人としてはまったく見込みがない。このまま芸能界にしがみつくなら、ヨゴレしか待っていないであろう。つまり、今すぐ普通の中学生に戻るか、このまま続けてヨゴレを極めて芸能界の底辺の底辺まで墜ちるか、それだけなのである。中学三年生を間近に控えた現在がタイムリミットであり、人間存在はそのように決断を迫られている。だが、この決断を曖昧にするのが奇跡という概念である。絶対に奇跡がないとは言えないし、はるかぜがスーパースターになることだって、絶対にないとは言えない。時間的な未来において「絶対にない」というのは証明できない。この未来の不確定性に頼った、奇跡という三番目の選択肢が厄介であり、人間は絶対にあり得ない可能性に縋ってしまうのである。

この愚かしさは決して他人事ではないだろうし、われわれも、差し迫った状況で決断を回避し、奇跡という第三の可能性に頼ってしまうことがよくあり、その意味ではるかぜは普遍性がある課題なのである。はるかぜが普通の中学生(つまり可愛くもなく勉強も出来ない冴えない中学生)に戻るのは嫌であろうから、芸能界にしがみつくのであろうし、そこからさらに積み重なる愚行を、わたしは裏聖書に綴り、人間の愚かさの教材として書き残していくしかないのである。







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