宮台信者から「宮台さんは勝ち組。おまえらネトウヨは負け組」という類のことを言われたことがあるのだが、(というか、宮台本人も言っているが)、なんか気になるのは、その勝利感や敗北感が死後も永遠に続くと前提されていることだ。

つまり宮台が死んでからも永遠に「俺は勝った。勝った。俺は少女をたくさん抱いた。素晴らしい人生だった」とずっと思うらしい。
そしてネトウヨは「俺は社会の負け組だから死んでもネットで暴れ続けるみじめな童貞人生だ」と思うらしい。
これがよくわからない。
生きている間に、宮台が勝利感を持ち、ネトウヨが敗北感を持つのは否定しまい。
だが、死んで墓の中に入ってからも、ずっと「俺は勝った」とか「俺は負けた」とか思うらしいのである。
これは宮台特有の思考とは言えまいし、1000年前なら、死んだ人間の祟りというのは信じられていた。
無教養の百姓が信じていたのではなく、教養豊かな身分の高い階層の人間が祟りを恐れていたのであり、それが理由で遷都したこともあったのである。

だが、今日ではさすがに、死んで墓の中に入ってから「ああ素晴らしい人生だった」と永続的に思い続けるとか、「負け組の最悪の人生だった」と永続的に思い続けるとか、そういう迷信は断ち切るべきであろう。
幸福とか不幸があるとしても、それは生きている間の話であり、さすがに墓に入ってまで未来永劫思わされたのではたまらない。

もしくは宮台真司が本当に幸せなのか、という議論もあろう。
宮台が女子高生ブームで稼いだ多額の財産で裕福な生活をしている宮台の娘は本当に幸せなのか、という議論もあるであろう。
幸福論は、文学のようにして語れるし、いくらでも恣意的な結論に辿り着けるので、あまり言うまいが、死後も貧富の差が継続するというアホな話は信じたくないものである。
また宮台の娘も、家が金持ちなのはいいとして「お父さんが女子高生ブームで稼いだ汚いお金で贅沢できてよかった」とか何十億年も思い続けるとしたら、これは桁外れの俗物であると言えるだろう。







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