人間の頭の中は、自分の肉体の欲望や配慮で一杯なわけであるが、精神と肉体は別であり、人間は精神体だけで存在できるという宗教的な考えがあるわけである。
肉体の桎梏から解き放たれれば、精神体として永遠の存在になれるらしい。
性欲や食欲については言うまでもないので筆を省くが、肉体がなければ不安も必要がないと思われる。
不安とは、自らの人生の安定感についての心配であり、精神体なら、そんなものを顧慮する必要はないわけである。
精神世界には、仕事をクビになるとか、借金苦はないらしく、要するに、自分を不安にさせる脅威がないらしい。
精神体になっても攻撃されうるなら、それを心配し不安になる感情は必要であろうが、肉体が無くなることで無敵になるなら、不安の感情など必要がないように思われる。
精神体を維持するのに、なんら食料や金の心配をする必要がないらしい。
どうやら精神体の維持コストは0らしく、それで永遠らしいのである。
この問題が重要なのは、仮に精神体になっても、食い物や金の心配をしないといけないのなら、肉体に囚われているのと同じであり、肉体から離脱するという宗教的な発想がすべて無意味になるということである。
ひとびとが宗教にすがるのは、肉体がもたらす苦痛や不安から逃れるためである。
肉体が無くなっても、あちこち痛んだり、精神を維持するために金の心配をするのでは、肉体から離脱する意味がない。
宗教家は魂の永遠性を気軽に言うが、精神の維持に食い物や金が必要ないと、なぜ言い切れるのであろう。
また肉体が無くなるのに天国で美人とセックス出来るとかわけがわからない。







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