鞘師里保は暁暗の中に消えていく道重さゆみとサンジェルマン伯爵を呆然と見送った。この森の中にひとりだけ取り残された自分は、まるで世界から完全に切り離されたかのようだった。
「あのサンジェルマン伯爵という悪魔はわたしの願いを聞き入れたはずなのに、いとも簡単に約束を破った。やはり悪魔だけに道重さゆみと同じ人種ということなんだね」
そして死体のように冷たくなり横臥していると、いつの間にか紅いドレスを着た金髪の少女が側に立っていた。
サンジェルマン伯爵が舞い戻ってきたのである。
「鞘師里保よ。おまえの願いは自分が男になって道重さゆみちゃんを犯して全世界に公開するということだったな。それをやってどうしようというのだ」
「わたしの青春のすべてを奪い取った道重さゆみへの復讐です」
「本当にそうだろうか。実際は道重さゆみちゃんを抱いてみたいだけではないか。鞘師里保という無名アイドルは、今年で芸能界から人知れず去るわけだが、その不満足な鞘師里保の人生でも、道重さゆみちゃんの肉体を骨の髄まで貪れるなら、この現世での不満のすべてを贖うほどの満足が得られるということであろう。鞘師里保という存在に満足できないから、道重さゆみちゃんとのセックスで満足を得ようとしているだけなのだ。オリンピックに出てないのに金メダルだけは欲しがるようなメンタリティーが道重神格化の本質なのだ。鞘師里保よ。そなたこそ道重神格化にどっぷりと浸かった重症患者であろう。中元すず香に敗北して芸能界から去っても、道重さゆみちゃんを抱ければ人生は大満足という腹づもりなのだ」
鞘師里保は頭に血が上ってサンジェルマン伯爵に掴みかかったが、伯爵は紅いドレスをひらりとさせ、躱された鞘師里保は地面に落ちたのである。
サンジェルマン伯爵は憐れむように鞘師里保を睥睨した。
「道重さゆみちゃんも罪な女である。道重さゆみちゃんを抱ければ人生が大勝利だというロジックを生み出している。また実際のところ、わたしの悠久たる生活史の中であれだけの美しい女を見たことがないのだから、その聖女崇拝が崩れるのは難しく、人生にあぶれた連中が人間最期の希望を求めて群がるのも無理はない。これは悪魔崇拝と紙一重なのだ。道重信者は力への意志で現世を変えることを諦めた連中であり、ただひたすら道重さゆみちゃんを懸想し、亡霊として蹌踉している。山羊の化け物が主催するサバトで媚薬を求め、出来損ないが集結している光景だ。彼らは決して黒魔術を信じてるわけではあるまいが、何しろ聖女の奇跡に取り憑かれており、そして道重さゆみちゃんが正真正銘の人格者なのだから、その天然の悪魔性たるや、始末に負えない。中元すず香に敗北し、死体蹴りのような責め苦を受けているそなたが、道重さゆみちゃんに縋るのはまさにもっともであり、このわたしも憐れむべきなのであろう。そしてそなたの願い通り、ペニスを与え道重さゆみちゃんを抱かせれば成仏出来るのであろうか」
「もう消えてしまいたいです。わたしなんて最初から生まれてこない方がよかったです。首を刎ねて殺してください」
「それもいいだろう。モーニング娘。に未来はないし解散も近い。しかしモーニング娘。の楽曲は酷すぎて哀れになる。これで中元すず香と勝負しようというのは無理がある」
「未だにラブマシーンを歌わされるのはつらいです。あれは現メンバーにとって他人の楽曲と同じです。モーニング娘。というユニットだけは継続してるので、聴いてるお客さんにとっても懐メロではない。懐かしさではなく痛々しさしかないと思うんです。まあどっちみちわたしなんか何を歌っても駄目なんですけど」
「試しにわたしが作ってみた曲がある」
サンジェルマン伯爵が手を光らせると、その掌を鞘師里保の耳に当てた。
その悪魔的な旋律。
これだけ暗澹たる曲はないであろうに、その甘美さは喩えようもなかった。
見たこともない書体で描かれ理解できないはずであるのに、なぜか新しい世界が開けており、その楔形のモチーフが心に突き刺さる感銘は果てしなかった。
本当のキラーチューンに出会った時の衝撃に震えるしかなかった。
「すごい大傑作です。こんなすごい曲は今までに聴いたことがありません」
「かつてわたしがリヒャルト・ワグナーと名乗っていた頃、ニーチェという人物から酷評されていたので、そんなに自信があるわけではないが、さすがにBABYMETALよりはマシだろう」
「こんな楽曲があれば、わたしの死んだ心も生まれ変わるでしょう。ああ、わたしの持ち歌にこんな大傑作があったら、自分がアイドルとして生まれてきた意味を感じ取ることが出来る。どうしてもこの楽曲が欲しいです。これをもらえたら後一日の命でも構わない」
鞘師里保はサンジェルマン伯爵にすがりついた。今までのアイドル生活の消化不良の根本原因に向き合わされたのである。世界を揺さぶり時代を彩るような代表曲がなければ、決してアイドルとは言えない。
「これはわたしが鞘師里保のために書き下ろしたものだ。使いたければ自由にするがよい」
「ああ、夢のようです。この大傑作をもって、世界に登場することが出来るんですね」
「問題は大人の事情だな。たいていの売れてないアイドルがクソなのは大人の事情で最高の楽曲が出てこないからだ。BABYMETALのプロデューサーは最高の楽曲を追求してるが、つんくという人物はまったくそのようには見えない」
「その通りだと思います」
「鞘師里保よ。わたしの楽曲よりいいのがあれば、わたしの曲は捨てて構わない。音楽をアイドルに提供するのだから、自分の曲よりいいのがあれば道を譲るだけである。だが、つんくは道を譲らないであろうな。病気ということになっているが、仮に本当に病魔に倒れて、つんくの代わりに別の誰がポジションに着いても、またそいつの保身が始まるだけだ。自分の楽曲を使いたいというエゴがまた無限に続く。ハロプロのやるべきことは、プロデューサーと作曲家の分離であり、つまりBABYMETAL体制の模倣なのだよ。ベビメタでもプロデューサーのKOBAMETALが印税目当てで自作のクソ曲ばかり歌わせるようになったら終わりだが、アミューズは事務所がしっかりしているのだろう。キラーチューン以外は絶対に出さないという強い哲学がある」
「サンジェルマン伯爵にプロデューサーをお願いできないでしょうか。伯爵ならつんくさんの楽曲を没に出来る気がします」
「わたしはハロプロ内部の俗事にまで手を出したくはないよ。ともかく必要なのは最高の楽曲を求めるプロデューサーだ。本当のキラーチューンが出来るまではすべてを没にするという意気込みをもった人物が求められる」
こうやってハロプロの問題点を説明されると、鞘師里保にも不安が生じてきた。
せっかく今までの人生で最高の楽曲に巡り会ったのに、大人の事情で歌えない可能性が高いのである。
鞘師はがっくりして肩を落とした。
「楽曲は何百曲でも書いてやる。あとはそなたの戦いの問題だ」
「戦います。新しい代表曲がないのに、新しいモーニング娘。を知って貰おうなんて無理なんです。世間がわたしを知らないのは、代表曲が無いからです。でも伯爵から大傑作をいただいたので、これでアイドルとして時代を作るんです」
「道重神格化は動員のカンフル剤にはなったが、これは道重さゆみちゃんへの個人崇拝であるから、永遠なる亡国の民を生んだだけであり、彼らが還る場所が鞘師里保であるとは思えない。そして相変わらず代表曲の不在は解決していない。BABYMETALという模倣しやすい実例があったのに、アップフロントは変われなかった」
「それにしても、伯爵は悪魔なのになぜそんなに親切なのでしょう」
「わたしは世界史が動こうとする時に引き寄せられる性質があるようだ」
そう言うとサンジェルマン伯爵は天使のほほえみを見せた。
この金色の髪をした美しい少女がアイドルになった方がいいと鞘師里保は思ったが、しかし、伯爵はおそらく神の片割れとして悪魔になったのだ。
世界の歴史は人間が作らなければならない。







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