われわれの社会は約束で成り立っている。
裏切りがあるからこそ、約束を取り付けることが必要なのである。

貨幣というものを考えて貰いたい。
後で払うと言って踏み倒されると困るから現金を使っているのである。
この現金は情報として絶対性があればよい。
絶対的な情報として通貨があればいいのだから、誰もがカードでお金を管理して、紙幣や硬貨が存在しない未来は普通に想像される。
現金というのは概念なのである。
お遊びではなく、それこそ現金を払うというのは、命を差し出すのと同じくらいの重みがある。
瞬間的に借金をして返済しているのが現金払いなのである。

払うと言って夜逃げするなら意味があるが、現金で払っておいて、その後で夜逃げしても意味がないわけである。
一万円札が移動していく仕組みであるのが、経済の難しいところなのである。
踏み倒しを許さない仕組みであるが、それがゆえにギリギリの自転車操業なのであり遊びがないのである。
売掛金・買掛金が商売で多用されるのは、さすがにすべて現金払いだと無理なので、多少の時間的余裕を与えているわけだが、本当に余裕があるわけではない。

世の中に貨幣のストックがあって、それを切り崩して商品を買っていると考えているなら、これは明らかに間違いである。
わたしが一万円使えば、その一万円は誰かの所得になるのだから、まったくお金は減ってないのである。
一万円札が移動しているだけであるから、貨幣というのは、交換原理の約束をしっかり守る保証なのである。

商品に付いている価格と労働者に払われる賃金は、同じ通貨なわけである。
これはもちろん偶然ではなく、一万円札がぐるぐる回っているからである。
生産に使う一万円札と、消費に使う一万円札は同じであり、それが回転しているのだから、お金が入ってはすぐに消費で消えていくのが資本主義の原則なのである。
等価交換であるからこそ、ギリギリの自転車操業になるのである。







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