文学部不要論が唱えられて久しい。実際に不要であるし減少する一方であるから、地球上から根絶やしにされるかもしれない。確かに産業として役に立たないし、この大衆消費社会で商品として売れるものではないから、淘汰されるのはやむを得ない。

その消え去る一方の文学部にとって、歴史問題は非常に大きなチャンスである。韓国と中国という人権ヤクザを相手に歴史を語らなければならない状況では、文学部の知識が求められるのである。これからも延々と歴史問題を言われるのであるから、国際的な理論武装として、歴史学に実用性を持たせることも可能だろう。

「つくる会」が素晴らしいとは言わないが、タブーを打破出来たのは、小林よしのりが風刺漫画家として絶大な人気があり、朝日新聞と平気で喧嘩できたからである。いわゆる文化人なら朝日新聞の顔色を窺うばかりで韓国に阿ることしか出来ない。これは現代史があまり歴史学の対象ではないこととも関係するが、歴史問題となると現代史が重要なので、どうしてもジャーナリズムの分野になるのである。そこで朝日新聞が大活躍していたのだが、しかし本当に韓国や中国の歴史を含めて根本から問い直すには、人類の歴史すべてを語る必要があり、現代史だけではなく、かなり過去まで遡って考えることが求められる。

英語で主張することが求められるわけである。英語というとディベートが出来ないと駄目と言われるのだが、日本語は音素数が少ないので、会話が不得手であるのは仕方がない。普段から単純な音で話してるのに、外国語が流暢に出来るわけがない。英文で読み書きさえ出来れば、それで問題ないはずである。もしくはこの英語で主張する問題にしても、歴史学者がやる必要はなく、その部分は英文学の人間に任せればいいであろう。

理論武装のための歴史学であるから、古事記・日本書紀からベトナム戦争まで語ることが求められる。まともな歴史学者は、特定の対象に専門化しているし、ひとりで全部は語れまいが、ひとりで全部やる必要はあるまい。中国と韓国から歴史問題でネチネチやられ続けるのがわかりきってるのだし、そこで歴史学者が活躍すれば、歴史の勉強も少しは役に立つということになるだろう。歴史問題が政治学なのか歴史学なのかというのもあるが、もはや政治学では手に負えない状況であり、一次資料から検証出来る歴史学者の手を借りなければならない。現代史をジャーナリズムに任せるというのは、朝日新聞という悪例を見ればまったく望ましくない。国際政治について語れる学者と歴史学者が共同執筆してもいいわけである。文学部が役に立たないと言われるのは、現実問題の解決に寄与しないからだが、少なくとも中国と韓国のおかげで「歴史問題」という現実的課題は生じてきたわけである。







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