歴史の本を読んでいると讒言(ざんげん)という単語がたくさん出てくるわけである。
大辞林によりば、「事実を曲げたり、ありもしない事柄を作り上げたりして、その人のことを目上の人に悪く言うこと」と定義されている。
悪い噂を流すというよりは、特定の権力者に「あいつはこんな奴ですよ」と根も葉もないことを吹き込むわけである。

讒言(ざんげん)がなぜ成り立つのかと考えるに、質問してはいけないからである。
根も葉もない話を吹き込まれた権力者がわたしに対して怒っているとする。
その場合、権力者は理由を説明しない。
理由を説明して怒る人は少ない。
そしてこちらも理由を聞いてはいけないのである。
なんで怒ってるんですかと尋ねるのは、フラットな人間関係を想定しているのであるし、理由を尋ねること自体が反抗的とされている。

つまり、怒られたら無言で拝聴するのがルールなのである。
口答えをしてはいけないのはもちろんだが、なにしろ質問してはいけないのである。
われわれはこれをあまり明示的に理解していない。
口答えの禁止は明示されているルールだし知っているが、質問の禁止というのは明示されておらず、今ひとつ気付かない。
しかし質問の禁止という強いルールには従っている。
明示すらされないほど強いルールなのである。
「なんで怒ってるの?」というのは、相手の怒りを相対化しようとする行為だから、これはまずいのである。
讒言(ざんげん)は今日でも普通にあると思うが、とはいえ、昔の方が絶対に反論してはならないという掟が強かったであろう。

たとえば逆らおうと思えば逆らえる相手として医者を考えてみよう。
今日では考えづらいが、一昔前は医者が患者に怒鳴るのは普通にあった。
それに対して理由を尋ねるのはタブーなのである。
理由を聞くのは相手と対等だと思っているからで、それは許されない。
もちろん今日なら医者に怒鳴られたら「なんで怒ってるんですか」くらいは尋ねるであろう。
もしくは「俺に喧嘩売ってるのか」くらいに刃向かう患者は普通にいるわけで、それがモンスターだと言われるのである。
医者が怒鳴っているのをモンスターとは言わないのだし、患者にだけ当てはまるのだから、やはり権力の序列が暗黙のうちに前提されている。
一昔前は従っていたが、今だと医者に逆らっても大丈夫という知恵が付いてきたので、われわれも反撃するから、医者も怒鳴らなくなった。

権力者に「なんで怒ってるのか」と尋ねるのは要はアカウンタビリティーの要求であり、説明責任の要求であるから、どれだけ平穏にやっても、権力の絶対性の否定になるのである。
こう考えると、説明を求めて権力を相対化するというのは、拳を振り上げない非暴力の喧嘩なのである。
暴行で捕まることなく喧嘩が出来る。
もちろん「なんで?」と訊かれたら権力者が不愉快になるのは当然なので、報復は予想されるであろう。
つまり平然とした顔で「なんで?」と尋ねる行為は、暴行で警察を呼ばれないという意味では安全だが、さらなるパワハラを招く可能性はある。
だからわれわれはたいていはパワハラの理由を尋ねないのである。







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