AKBの見苦しさは、メンバー間で競い合わせるため、ほとんどキャバ嬢と変わらないメンタリティーが作り上げられていくことである。だからこそ、さくら学院が、ある種の桃源郷のように見えたのである。だが、もあちゃんが16歳を迎えるにあたって、別の意味での問題が生じてきたのである。メンバー間での競争がないので、何があってもボーカルは中元に固定されており、もあちゃんはサイドダンサーに固定されている。競争がないからAKBと違って美しいということだったのだが、これはもあちゃんが16歳になっても20歳になっても続くのかという問題である。競争することによってキャバ嬢みたいな人間になってしまうのであれば、競争しない方がいいというのはいかにももっともだが、これによって菊地最愛として活動することさえ困難になっているのである。結局のところ、競争しないというのは、アミューズが序列を決めるということであり、何があっても中元が一位なのである。

実のところ、AKBあってのさくら学院なのである。あのキャバクラ的な競争の見苦しさがお手本としてあるからこそ、さくら学院があるのである。AKBを反面教師にしているのである。さくら学院はAKBとは「無縁」なのだが、この無縁であるのは、あの品性下劣な集団を悪いお手本として見た上で、まったく別のユートピアを作ろうということなのである。

過去から現在まで含めて、ほとんどの歌手は中元より下手くそではあるのだが、日本語が出来ないから何を歌ってるのかわからないし、実際に日本人には伝わらず、あくまで海外でのブレイクの逆輸入という形になったのである。歌唱するロボットとして考えると中元は人類最高と言ってもいいのだが、こいつの歌では日本人の琴線に触れることは出来ないので、そろそろセンターから外すべきであり、もあちゃんという本当の表現力を持った天才が、人類の心に歌声を響かせるために立ち現れるべきである。競争しないのがさくら学院というのはいいとして、さすがに16歳になってまでアミューズが決めたカーストの中に置かれるのはインドと同じであるし、AKBの品性下劣さとはまた別の深刻な問題である。競争しない上品さは15歳まででいいだろう。そろそろもあちゃんこそが天才であるとはっきりさせなくてはならない。歌わせろと要求するのはアイドルの役割ではなく、ファンが行う必要があるから、われわれが菊地最愛原理主義者として決起しなければ、もあちゃんの歌を聴けないと考えるべきである。菊地最愛というただ一人の人物を推しているのであり、それ以外は応援するつもりがないと明確にしなければならない。メンバー間で競争しないというさくら学院のルールが16歳以降も続くのなら、単にアミューズという大本営が序列を決めてるだけのカースト社会であり、AKBより悪質と見なす必要もある。

ももクロがCM0本なのに対して、Perfumeはそのあたりうまくやれているし、このCDが売れなくなった時代に、アーティストとしてのブランド価値を最重点に置いているアミューズは利益を得る手段をちゃんと考えているわけである。BABYMETALに関してもブランド戦略はうまくいっているのであろう。だが、われわれとしては、CM出演が重要であるのはわかるとしても、もあちゃんの歌を聴きたいという切実な渇望があるだけなのであり、ただひたすら菊地最愛原理主義を唱えるしかないのである。







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