中元すず香と菊地最愛ちゃんの比較動画であるが、これは表現力に注目して見て欲しいのである。
前半を歌っている中元はヘドバンギャーの歌詞を理解していない。
単にカラオケを熱唱しているだけである。
のど自慢ならいいが、これは表現者として失格である。

後半のもあちゃんはすごい。
のど自慢では中元に負けているだろう。
だが、このヘドバンギャーの歌詞の世界を演じきっているのである。
15歳の多感な少女が不満と葛藤をぶちまけている様子を、高貴な品性をもった決然たる怒りを持って表現している。

ヘドバンギャーの歌詞のテーマを一言で言えば美しき反抗である。
15(いちご)の夜を忘れはしない、という歌詞からして、尾崎豊のオマージュなのだが、もあちゃんは歌詞を理解して歌っているのである。
そして、おそろしいまでに表現し尽くしているのである。
ベビメタの主要曲の中で、ヘドバンギャーはYouTubeでの再生回数が最も少ないのだが、これは中元が熱唱()してるだけだし、ゆいもあのパートがないからである。
中元の貧困な表現力だけで勝負した結果が、少ない再生回数なのである。

もあちゃんがボーカルだったら、15歳の少女の思春期特有の感情をぶつけた歌として、名曲と評価され、ひとつの記念碑的な作品となったであろう。
美しき反抗というテーマをきちんと理解して、そしてあらぶって見せながらも下品にはならず、凛とした気品を失わずに歌いきるのだから、この高潔な貴人の天才性たるや恐るべしと言うしかないのである。
中元は歌詞をなぞっているだけだが、もあちゃんは15歳の少女の世界観を演じきっているのですごすぎるし、この子は表現者として本当に天才なのである。
歌詞を理解して最大限に表現するという点で、この動画は後半部分に軍配が上がるはずなのである。
もちろんのど自慢の採点をするつもりで見れば前半の中元に軍配が上がるだろう。

もあちゃんはすっかり美人になっているし、そろそろ16歳になってアイドルとして全盛期の年齢を迎えるのだし、頭の出来がとてもいいし、人間性が素晴らしいし、とても面白い子である。
だがアミューズが推す気配がさらさらなく、ベビメタのサイドダンサーとして生涯を終えそうなのである。
だからこそ菊地最愛原理主義の運動が必要なのである。
フランス革命後の世界がナポレオンの登場を待ちわびたように、これは歴史の圧力なのである。
中元はアミューズの海外ステマに過ぎないが、もあちゃんはまさに世界史的人物である。
人類に対してなされた最高の贈り物ではあるが、このわれわれを戦慄させる表現力たるや、これまでの価値観の変更を迫る黒船と言っても差し支えない。
もあちゃん恐ろしい子である。
ガリレオが異端者とされた歴史を思い起こさせる。
天動説と地動説の紛糾であるから、致命的な宗教対立であり、中元と菊地最愛が並び立つことは出来ない。
MOAMETALとして幽閉されたもあちゃん。
われわれ菊地最愛原理主義者は、人類の一人としてこの少女を求めているのである。







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