ニーチェ思想はこの手の硬い哲学の中では例外的に人気があるわけだが、これは政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)を否定するトリックスターとして求められているのである。

この世の中であまりズケズケと本当のことを言うわけにはいかないので、表向きは綺麗事で流しているのだが、そういう政治的に正しい安全な意見の跋扈は、いわば人間を真実から遠ざけるペストの流行であり、これを叩き潰さなければならないこともある。

綺麗事は綺麗事として必要なのだが、嘘くささが降り積もって枝がたわみ耐えきれなくなる時があるのであり、この閉塞感が限界に到達した時に、トリックスターを演じる人間が登場し、欺瞞を排泄する必要があるのである。

極端に言うならニーチェ思想の中身はどうでもいいのである。
ニーチェはただひたすら綺麗事の破壊者であり、それ以外の何者でもない。
それがたまたまファシズムと当てはまったのである。
ニーチェが死んだ後に、ニーチェの妹であるエリーザベト(1846-1935)はナチスに接近し、このエリーザベトが死んだ時は、他ならぬアドルフ・ヒトラー(1889-1945)が葬儀に参列したのであるが、これこそまさにニーチェなのである。
妹が勝手にナチスに接近しただけでニーチェは無罪だと主張するのはたやすいし、実際にニーチェ(1844-1900)が発狂して死んだ後の話なのだから、そもそも有責性があるはずがないが、やはり何かしら閉塞感が世界を覆い尽くした時に、墓場からニーチェが掘り起こされるのであり、これは善悪を超越した問題である。







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